漫画『スラムダンク』や『バガボンド』『リアル』の大ヒットだけでなく、近年は、『井上雄彦 最後のマンガ展』といった個展や、東京都現代美術館のエントランスに描き下ろした巨大壁画、東本願寺で親鸞さんの屏風絵など、マンガ家の枠におさまらない活動を行なっている井上雄彦氏。

 そんな井上氏が、さらなる表現の深化のために、今年5月に向かった先はスペインのバルセロナ。サグラダ・ファミリアなどで知られる建築家、アントニ・ガウディの足跡を追い、創造の源泉を探りました。

 井上氏がバルセロナを訪問するのはこれで2回目。1992年にオリンピック観戦でバルセロナに行き、サグラダ・ファミリアにも足を運んだそうです。最初に作品を見た時の印象は、「異形」「違和感」「途方もなさ」。井上氏にしてはどこか他人事のような感想ですが、当時は無知無関心だったそうで、絵葉書の風景を確認するように見ていたといいます。

 今回の訪問では必要以上に作品の情報を頭に入れず、無防備にガウディの作品に触れ、率直に何を感じるのか試しました。


 「19年前に感じた『異形』『違和感』とかの感想を、今回はまったく持たなかった。逆にいかにしてガウディが、この地になじませるように教会や公園や集合住宅を造ったのかを想像した。もともとそこにあったのは大地で、草が生え、樹が生えて、生き物が住み着き、そして人間が暮らすようになった。その順番をわきまえた、先に存在するものへの敬意、いや、時間軸上のあとさきの順番ではないな。命をいただいた、そのままの姿をした存在すべてへの敬意、愛情。人間だけが、生まれたまま、存在を受けたままの姿では飽き足らず、自分の都合に合わせて手を加えていく。土を覆い、我が身を飾る」(井上氏『pepita』より)

 19年ぶりに訪れたバルセロナで触れたガウディ作品。井上氏が感じたのは、「謙虚さ」でした。


 今回の旅でちょっとした事件がありました。それは、サグラダ・ファミリアの彫刻家、ブルーノ・ガジャル氏と対談準備をしているとき、突然ブルーノ氏から提案があり、サグラダ・ファミリアの3つのファサードのうち、未完の「栄光のファサード」の扉に井上氏が文字を書くことになったのです。この扉にはたくさんの言語で神への言葉が書かれているそうで、まだ手書きの日本語がなかったため、井上氏に相談があったのです。驚く同行スタッフが見守るなか、刻まれた言葉は......。

 「我らを悪より救い給え」

 漫画家・井上氏がしたためた書には、もはや他人ごとではない想いが込められていたのではないでしょうか。同じ創造者として活躍する2人を結びつける、ふさわしいハプニングだったといえます。



『漫画家・井上雄彦氏がサグラダ・ファミリアに文字を刻む?』
 著者:
 出版社:日経BP社
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