2008年に邦訳されたスティーグ・ラーソンの〈ミレニアム〉三部作(現・ハヤカワ文庫)は、ミステリーの大河小説として話題になった。1巻ごとに作風が変えられているという趣向や主人公リスベット・サランデルをはじめとする登場人物の魅力、作中に実在の人物や事物が織り込まれており、娯楽小説であると同時にスウェーデンという国家の現況が描き出された社会小説でもあるといった作品の性格など、特質を数え上げていけばきりがないほどに個性豊かな作品である。作者であるスティーグ・ラーソンがベストセラー作家という栄誉を手にする前に急死してしまった、という悲劇的な成り行きもこの小説の神秘性を高めるのに貢献したといえる。
 完成形で世に出たのは三作だが、ラーソンはマイ・シューヴァル&ペール・ヴァールーの〈マルティン・ベック〉シリーズのように10部作を企図し第4作の執筆にも着手していた、との情報は邦訳が世に出た時点ですでに流れてきていた。その作品はなんらかの事情で世に出にくくなっているのだとも。

 エヴァ・ガブリエルソン&マリー=フランソワーズ・コロンバニ『ミレニアムと私』(早川書房)は、ベストセラーが刊行された背景について、読者に情報を与えてくれる本である。原著者のうちエヴァ・ガブリエルソンこそは、スティーグ・ラーソンが32年間にわたって生活を共にしてきたパートナー、事実上の妻だった人である。2人の出会いは1972年、ベトナム戦争に反対し南ベトナム解放民族戦線を支援する政治集会でのことだった。それほど長くパートナー関係を築いていながら、なぜ入籍をしなかったのかという事情について、ガブリエルソンはラーソンの気遣いが理由だったと説明している。ラーソンは1995年にリベラルな雑誌「エクスポ」を創刊し、運営に専念してきた。その過程でスウェーデンに存在する極右団体と衝突し、暴力的な脅迫を受けていたのである。「妻」と名のつく人を持たなかったのは、その安全対策のためだったのだ(ラーソンは、雑誌社の経営者としても、法律上の後ろ盾を伴わない婚姻関係を維持する立場としても、先を見て慎重なやり方をする人物ではなかったようなのである)。
 だが2004年11月9日にラーソンが心筋梗塞のために急死すると、ガブリエルソンの手元には2人が住んでいた部屋の権利の半分と、ラーソンの保険金以外の何も残らなかった。ラーソンの父親エルランドと弟ヨアキムが相続者となったからだ。このため〈ミレニアム〉の著作権もすべて彼らのものとなってしまう。ヨアキムは、相続をめぐるごたごたを解決する策として、ガブリエルソンにエルランドとの結婚さえ勧めたという。過去においてラーソンは他人に利用され、才能を浪費させられてきたと考えるガブリエルソンは、エルランドとヨアキムの親子もそれらの敵の同類だと見なすようになった。現在彼女は、故人の権利を守るためラーソンの著作者人格権を要求して2人と対立しているのである。

 本書の後半は、そうしたラーソンの死に端を発するゴシップが描かれている。追い詰められたガブリエルソンが心境を語った日記のくだりは、緊張感に満ちたものだ。前半部は、ラーソンとガブリエルソンの生い立ちや共に送った生活のディテールが語られている。そうした私生活の反照が〈ミレニアム〉という小説の随所に現れていることが、このパートを読めばよく理解できるはずだ。たとえば〈ミレニアム〉の中にまともな母子関係が描かれていないのは、ラーソンとガブリエルソンが二人とも両親の離婚によって母親の存在が欠落した家庭に育ったからだ、というように。
 この前半部は〈ミレニアム〉の解読に必要なピースを提供してくれるキーワード集であるが、同時になぜガブリエルソンがラーソンの著作者人格権の行使者としてふさわしい存在であるのか、その正当性を主張するパートにもなっている。〈ミレニアム〉は彼女にとって自身と分かつことができない、ラーソンと過ごした人生そのものなのだ。

 気になる第4部は、未完成ながら草稿が存在するらしい。それはラーソンのパソコンの中に保存されており、現在はガブリエルソンの管理下にある。パソコンがラーソンではなく「エクスポ」の備品であったため、エルランドとヨアキムの親子の手には渡らなかったのだ。ガブリエルソンはラーソンの著作者人格権が正当な形で保全されるまで第4部を世に出すつもりはないと明言している。本書の記述を読む限り、それにはまだ時間がかかりそうだ。







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