『平成猿蟹合戦図』は「今、自分が見たいもの」を書いた 吉田修一さんインタビュー(1)

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 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第35回の今回は、著書『平成猿蟹合戦図』(朝日新聞出版/刊)を上梓した吉田修一さんです。
 徹底的なリアリティで知られる吉田さんのこれまでの作品とは対照的に、今作『平成猿蟹合戦図』の物語は、どこかおとぎ話を意識したような、やわらかい語り口で書かれています。
 バラエティに富んだ吉田さんの作品の中でも異彩を放つこの作品はどのような背景と土壌を持って生まれてきたのでしょうか。

■『平成猿蟹合戦図』は「今、自分が見たいもの」を書いた

―本作『平成猿蟹合戦図』はタイトルの通り、現代版のお伽話だといえます。これまでの吉田さんの作品とは趣が異なるかと思いますが、こういった物語を書いてみようと思われた理由はありますか?

吉田「リアリティを追求してきましたと言うのも恥ずかしいですけど、デビュー以来、人間感情や場所を含めてリアルなものを書きたいと思ってやってきました。それもあって、今回はその縛りを少し緩めてみたらどうなるのかな、と思ったのかもしれません。
書き始めた時にはぼんやりとした思いでしたが、実際書き終えてみて、はっきりとそう思いますね」

―ただ、現代にコミットしているというところは変わっていないですよね。

吉田「“今”を書きたいというのが昔からありますから。昔はよく、“今、自分に見えることを書いていきたいんです”ということを言っていたんですけど、今回に関して言えば、“今、自分が見たいもの”を書いたということになりますね」

―これまでとは作風の異なった作品を書くということで、苦労した点はありましたか?

吉田「今まで『これはリアリティがないな』ということで立ち止まっていたものが、今回その縛りを緩めたことで、その2、3歩先に進むことができました。だから、縛りがあった時と比べると軽やかな足取りで書けたような気がします。もちろん2、3歩進むための苦労はあるんですけど、そういう意味での新しい発見もありました」

―今おっしゃっていたような、「リアリティの縛りを緩めた」経験は、今後の作品にも生かされていくのでしょうか。

吉田「今まで立ち止まっていたところの先に少し出たことで、リアリティがあるかないかの境界がわかったんですよね。その境界はこれまでもぼんやりと見えてはいたんですけど、越えてみないことにはそれがどんなものだかわかりませんでした。今回、それを越えてみることで、境界線がどこにあるのかがはっきりわかったんだと思います。
だから、今後はその境界線を思い切り越えて書くこともできるでしょうし、リアリティのあるものを書くとしても、境界線がきちんと見えているということで、これまでとは違った作品になるのかもしれません」

―執筆時のエピソードがありましたら教えてください。

吉田「『悪人』の映画が完成した時期が執筆時期に重なっていたんですよ。映画の脚本を監督と一緒に書いていたので、制作発表とか完成披露試写会にも出たのですが、そういう不慣れなことが続いていた時に連載が重なっていたので多少バタバタしました。
制作発表などは普段出ないのでどれくらい疲れるかとかがわからないじゃないですか。それはそれで楽しかったんですけど、割とダメージが大きかったりして執筆が遅れてしまったりはしましたね」

第二回「登場人物たちを最終的に居心地のいい場所に立たせるという一点は決まっていた」につづく


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