オリンパスの巨額粉飾問題で、様々な事実が明らかとなりつつある。個人的に最も衝撃的だったのは、ウッドフォード元社長が日本人経営陣に「あなたは何のために働いているのか?」と聞いたところ、「会長のためです」という返事が返ってきたというエピソードだ(2011.11.15 NHK「クローズアップ現代」より)。

「上場企業は個人の持ちモノではありません!」とスタジオで必死に解説する弁護士の姿を見ていると、ここは本当に長年世界第二位の経済大国だったのだろうか、という疑問にさいなまれてしまった。日本企業のゆがんだ身内意識は、世界に強烈に印象付けられたことだろう。

歪んだ同族意識は終身雇用の副産物

ところで、この手の身内意識というのは、何もオリンパスだけの話ではない。昔からある日本企業名物の一つだ。たとえば、日本の戦闘機購入を巡って70年代に発生したダグラス・グラマン汚職事件では、事件そのものよりも、容疑者とされた取締役の以下の手紙が記憶に残っているという人が多いのではないか。

「日商岩井の皆さん 男は堂々とあるべき。会社の生命は永遠です。その永遠のために私達は奉仕すべきです。私達の勤務はわずか20年か30年でも会社の生命は永遠です。それを守るために男として堂々とあるべきです。今日の疑惑、会社イメージダウン、本当に申し訳なく思います。責任とります。」(「昭和の遺書 55人の魂の記録」より)

これは本人が会社にあてた遺書である(後、本社ビルより投身自殺)。

ひょっとすると、これは組織を重んじる美談だと感じた人もいるかもしれないが、筆者に言わせれば、根っこはオリンパスと同じ。社会一般のルールやモラルよりも、身内の秩序を重んじる歪んだ同族意識に過ぎない。この歪みはどこから生じるのか。

終身雇用と年功序列を柱とする日本型雇用制度においては、若いころの成果に対する報酬は将来の出世で支払われる。そして、4、50代でも継続的に成果を上げ続けた稀有な人材のみ、取締役以上の高位ポストを与えられて経営陣入りすることになる。

そういう意味では、彼ら役員というのは、同期間の出世レースを勝ち残ったチャンピオンたちであり、「We are the champions my friends♪」という関係である。愛社精神とか滅私奉公という指数では並みのサラリーマンとは比較にならないほど純度の高い人間達だ。

つまり、経営陣の身内意識というのは、終身雇用に伴う副産物というわけだ。

体質が変わるまで「アレルギー反応」は続く

「会長のための会社です」と役員が言いきれるほど強気の上場企業は少ないかもしれないが、会社は社員全体を含めた会社ムラのものだ、と考えている経済人は、今でも少なくないように思う。海外から見れば、それは日本特有のリスクの一つとして認識されることだろう。

ところで、この身内意識とやらは、いかにすれば日本企業の経営陣からなくすことが出来るのだろうか。正直に言えば、その身内意識こそが日本企業の強みであり、日本型雇用制度の理念だったといっていい。

社会ルールより組織ルールを重んじ、いざとなったら一身を捨ててご奉公する。良くも悪くも、それは日本型雇用の生み出す究極の人材像なのだ。だから、身内意識を捨て、開かれた組織となるには、日本企業が人事制度も含めて真の意味でグローバル化するしかない。

そういう意味では、今回の騒動は“外国人トップ”というグローバルワクチンの注射にともなうアレルギー反応みたいなものだ。本当はワクチンなんて打ちたくないけれども、もはや打たなければ生き残れない。日本企業の体質が変わるまで、大なり小なり、同様のアレルギー反応はしばらく出続けるのではないか。

城 繁幸