成功して大金持ちになることが果たして「幸福」といえるのか?

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 法政大学大学院の研究チームが今月9日に発表した「47都道府県の幸福度に関する調査」によると、1位は福井県、2位に富山県、3位が石川県と北陸3県がベスト3を占める結果となった。
 一方、人口が多く、都市部が発達している東京都は38位、大阪府は47位、神奈川県は33位と上位に食い込むことはできなかった。名古屋市を擁する愛知県は21位だったが、やはり上位にランクインしているのは人口密集地から離れた自治体である。

 「幸福」の尺度は個人によって違うというのは確かにその通りなのだが、ある程度の傾向は出てくるはずであり、「都市部」に属する都道府県の幸福度が他県よりも低かったという事実には、何かしらの理由があると考えるべきだ。

 そのための一つのヒントを与えてくれるのが『幸福の秘密―失われた「幸せのものさし」を探して』(アーサー・ドブリン/著、坂東智子/翻訳、イースト・プレス/刊)だ。
 「幸福とは何か」ということについて、哲学者をはじめとした様々な偉人たちの言説を引用しながら思索を巡らせるのだが、そんな本書の冒頭で、ドブリン氏はこんな言葉をつづっている。

「僕たちアメリカ人は、幸福の追求を不可侵の権利として大事にしているが、幸せなアメリカ人はほとんどいない。時間が足りないとか、お金が足りないなどと文句を言わない人を、僕はほとんど知らない。どれほどの財産、業績、名声、健康を手に入れても、それを上回るものを欲しがる」(p22より引用)

 これは日本人にも同じことが言えるのではないだろうか。都市部では、24時間体制で忙しく人々が動き回っている。地方出身者の知り合いの多くは「都会の人はみんな歩くのが早い」と驚く。
 経済の中心地だから、ビッグチャンスをつかめる機会は地方と比較して多いだろう。しかし、チャンスをつかんで成功し大金持ちになることが「幸福」に直結するのかと問われたとき、果たしてどれほどの人が「はい」と答えるだろうか。

 本書には、全編を通じてある一組の夫婦が出てくる。それがオンゲサ夫妻だ。
 ドブリン氏は1960年代半ばから発展途上国を支援しており、その活動の中で、ケニア西部のタバカ村に住むオンゲサ家の夫婦と親しくなったという。そのオンゲサ家で起居をともにしていたドブリン氏は、自分たちが当然だと思って所有している財産や「便利さ」が、実は特別なものだと知って驚く。さらに、その夫婦の長女は行方不明、次女は死因不明で亡くなったというのだ。
 ドブリン夫妻とオンゲサ夫妻の生活水準はかけ離れている。それについて、不公平で世の中まちがっているとドブリン氏は言う。しかし、彼ら(オンゲサ夫婦)は、周囲の人たちと強く結びつき、常に感謝の気持ちを持って、心穏やかに気高い人生を送っている。人類史上最高レベルの生活水準を持っているどんなアメリカ人よりも。
 どうしてなのか、その不思議を探るところからドブリン氏の思索は始まるのだ。

 本書では「人間のモラルとは何か」を軸に据えながら、家族や仕事、セックス、公平性、死など様々なトピックを通して「幸福」を考える。
 一つ紹介すると、農場で働くオンゲサ夫妻の働き方について言及されているのだが、ドブリン氏は彼らについて「自分の仕事に関して時間と、自由と、責任を持っている。彼らの仕事は、『具体的な需要をみたすためのもの』だ。さらに彼らには、仕事を行うに際して、家族や友人たちとの交流がある」とつづっている。そこに彼らにとっての幸福があるのだ。

 こんな世の中だからこそ、「幸福」とは何かについて、今一度考えるべきではないだろうか。そのとき、本書はその手助けをしてくれるだろう。
(新刊JP編集部/金井元貴)



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