『千日の瑠璃』48日目——私はくす玉だ。(丸山健二小説連載)

写真拡大

 

私はくす玉だ。

まほろ町の役場の正面玄関に飾られ、ちょうど今割られた、押しつけがましいくす玉だ。私は、女子職員が切り刻んだ色とりどりの紙吹雪やら、嘘をつく病癖を持つ助役が膨らませた風船やら、白過ぎる鳩やらといっしょに、権力の悪臭を少しばかり鼓笛隊の頭上にばら撒く。しかし人々の反応は思いのほか地味で、公用車から降り立った、これまでに幾度も盛名を馳せたことがあるマラソン選手も、逸早くそれに気づき、思わず眼を伏せる。結局彼は、オリンピックのメダルを手にして故郷に錦を飾ることができなかったのだ。

長年に亘って期待の重圧につき纏われた彼は、疲れ果てている。すでに彼は成否の鍵を握る基本の条件さえ見失っており、努力の所産であった自信も、今では大きくぐらつき始めている。私の真下へ進み出た彼は、私がどっさり垂らしている紙テープの束を左の手で払いのけ、右の手を町長のほうへ差し出して気のない握手をする。

そのとき、私の放った白い鳩が一羽、走ることを始めなかったら今でもバスターミナルの清掃係をしていたに違いない青年の頭にとまる。ただそれだけのことで和やかな気が漂う。人々は手を打って喜び、まだ期待が持てるかもしれないという意味のどよめきが広がってゆく。だが、その鳩が病気のせいで走ることなど思いも寄らない少年の頭へ移ると、せっかくの盛り上がりがみるみる萎んでゆく。
(11・17・木)

丸山健二×ガジェット通信