『千日の瑠璃』44日目--私は快晴だ。(丸山健二小説連載)

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私は快晴だ。

一年に一度、いや、もしかすると十年に一度あるかないかの、完全無欠な快晴だ。風はそよとも吹かず、気温はぐんぐん上昇し、熱源を太陽に求める生き物たちは春のようなときめきを覚え、まほろ町のどこもかしこも楽天の生気に包まれている。「こんな日に死ぬなんてどうかしてるんじゃあないのかあ」と目もとの涼しい警官が大声で言う。

しかし、私はそうは思わない。結婚や出産や門出にもたしかにふさわしい私だが、こうした類いの死にもよく似合っているはずだ。今朝、めくるめく高空を占めている私に気づいた彼女は、生卵をかけた飯を食べてから一張羅を引っ張り出してめかしこみ、自転車に乗って家を出、途中、自分に手向けるための青い花を買い求め、そのあと湖畔の松林のなかへしずしずと入って行った。そして、用意してきた優しくて丈夫な紐を枝振りのいい松と己れの首に巻きつけ、私が放った転落の光輝を胸いっぱいに吸いこむと、「ああ、何ていい天気かしら」と言い、言い終ると同時に、踏み台代りにしていた自転車を蹴った。かくして、三十年の生涯のなかで初めて彼女の思いが叶った日となった。

丘の家から駆けつけた女は、妻子ある男と私通していた親友に取りすがって泣き崩れ、しまいには私に恨み辛みを叩きつけてくる。だが私は動じず、夜の帷が降りてからも、一片の雲もひとかけの感傷も寄せつけない。

(11・13・日)

丸山健二×ガジェット通信