富士見坂

写真拡大


今回は富士見坂という名前はどこにもついていないのですが、かつては坂道を歩いている途中に富士山を眺めることができて風光明媚だったであろう湯島にある坂道を取り上げてみたいと思います。まず場所なのですが、JR御茶ノ水駅のすぐそばにある東京医科歯科大学の北側にあり、坂のまわりには湯島聖堂や神田明神、さらに北へ行くと湯島天神などもあります。
そして、坂の名前は「横見坂」という名がつけられています。
記事20saka2写真1
では坂道写真のほうに話は移って、こちらは坂下からの横見坂の様子です。(写真1)
特段変わった様子もなく普通の坂道といった感じに見えます。
坂は上りながら左にカーブしていて、ここからではまだ坂上の様子は見えていませんでした。
どちらかというと、坂道自身よりまわりのビルのほうがつっこみどころのある個性的な印象を受けますかね。
記事20saka3写真2
次は、写真1とほぼ同じ立ち位置から坂下のほうを眺めたものです。(写真2)
ぱっと見た感じではただの十字路です。
でもここにはかなりの情報がつまってるんですよ。

まず、左右に走っている道は、現在、蔵前橋通りと呼ばれているのですが、実はここも昔からある坂道で「新妻恋坂」という名がつけられています。
そして、新妻恋坂をはさんだ向こうの道も、見た感じでは坂になってますよね。
そんなわけでこちらにもちゃんと名前があって、「樹木谷坂」と呼ばれています。
要は、江戸時代のこのあたり一帯は、樹木谷坂と横見坂の坂下という場所からもわかるとおり、谷になっていて樹木が生い茂り樹木谷と呼ばれていたそうです。

ちなみにこのあたりは、去年放送されたテレビドラマ「JIN-仁」の主な舞台としてこのあたりの地名などが設定に使われたそうで、そういう意味でも知る人ぞしる場所だったりもします。
(余談ですが、僕自身、坂道ブログの読者の方からメールいただいて始めて、このドラマのことやこの場所との関係のことを知り、結局、最後までみることになったわけでして、もし他にもそういう感じの情報ありましたら気楽にご連絡ください。)

あと樹木谷坂のさらに奥に見えている高層ビルなんですが、こちらは現在、東京医科歯科大学の敷地内に建っているものなのですが、このあたり古地図で確認してみると、この大学のある敷地も湯島聖堂の敷地だったみたいです。
なので、江戸時代、この樹木谷坂→横見坂というルートが古地図で見る限り、聖堂から横見坂の坂上のすこし北側にある湯島天神へと向かうのには一番の近道コースだったようです。
写真3
そしてこちらは、写真2でも樹木谷坂の坂下右側に見えてますけど、「おりがみ会館」という有名な観光施設だそうです。(写真3)
要は、名前のとおり折り紙を扱っているお店であり、観光スポットでもある場所みたいで、なんと安政五年(1859年)創業のお店でもあるらしいです。
記事20saka5写真4
そういうわけで、やっと坂道を上りはじめ、坂上のほうを眺めてみました。(写真4)
適度にカーブしながらきつくもなくゆるくもないといった感じの勾配が長々と続いています。
とりあえず坂上のほうまでは、まだそれなりの高低差があるようでした。
記事20saka6写真5
さらに坂を上り、今度は坂下のほうを見てました。(写真5)
もうこのあたりまでくると、坂下からは建物の二階途中くらいの高低差はあるようでした。

また写真5でも右のほうにちらりと見えていますが、この坂にも坂の名の由来が書かれた案内板があり、
『「御府内備考」に、「右坂は町内より湯島三組町え上がり侯坂にて、当町並本郷新町家持に御座候・・・里浴に横根坂と相唱申侯」とある。坂下の蔵前通りの新妻恋坂の一帯は、かって樹木谷といわれ、樹木が茂っていた。この谷から湯島台にあがるこの坂の左手に富士山が眺められた。町の古老は、西横に富士山が良く見えて、この坂を登るとき、富士を横見するところから、誰いうとなく横見坂と名づけられたといっている。坂の西側一帯は、旧湯島新花町である。ここに明治30年頃、島崎藤村が住み、ここから信州小諸義塾の講師として移って行った。その作品「春」の中に、「湯島の家は俗に大根畠と称されるところに在った。・・・・大根畠は麹の香のする町で」とある。ローム層の台地は、麹室には最適で「文政書上」には、百数十軒の麹屋が数えられている。』
とありました。

なので、この説明を読んでもらえるとわかるとおり、この坂道は坂の軸線上に富士山が見えたというわけでなく、坂を下りながら横のほうにちらりちらりと見えていたということになり、今の地図で富士山との位置関係を調べてみると、坂の軸線からおよそ45度、写真5でいうと右側をみると富士山が見えたということみたいですね。
記事20saka7写真6
そして、一気に坂上あたりまでやってきました。(写真6)
写真4でも見えていた坂上方向の勾配がおわるあたりまで上り切ると、もうこのあたりまでずっと平坦な道が続いているという具合でした。
記事20saka8写真7
最後は、坂上のすぐ西隣にあった霊雲寺なるお寺です。(写真7)
まわりにある神田明神や湯島天神といった有名処とはうって変わって人もいませんでしたが、本殿は御覧のようになかなか立派なものでした。
ちなみにこの霊雲寺も古地図にはちゃんと記載されていて、江戸時代からあるお寺のようです。

住所
文京区湯島2丁目



■関連記事
アタゴトマソンの魔都、新宿
ナイスマンホ!な商店街 その1 埼玉県川口市 川口銀座商店街 樹モール
高知県山村の地味寺は切なく愛しい
湯の街 温泉場の銭湯・温泉共同浴場
焼き物の里・信楽へ、真夏のホーロー探検