年間約3万人、1日に80人以上が自ら命を絶つ日本。そうしたなか、“孤独”の闇で悩む多くの人々の話に耳を傾け続けてきたのが、『いのちの電話』だ。

『いのちの電話』は、日本在住のドイツ人女性宣教師、ルツ・ヘッドカンプさん(78)の提唱をもとに創設された。

1958年、売春防止法が施行されると、それまでいわゆる赤線地帯で働いていた女性たちが居場所をなくし、彼女たちを保護更生する政策が取られた。しかし施設に収容しても手首を切って自殺行為を頻繁に繰り返す、収容しようとしても周囲の男たちから妨害に遭うなど問題が山積みだった。そこで、電話を通して悩みを聴き心の支えになろうと、医師や牧師、教師や社会福祉関係者らによって組織されたのが『いのちの電話』だった。

設立から40年間『いのちの電話』に携わってきた、日本いのちの電話連盟理事の斎藤友紀雄さん(75)が話す。

「当初は、自殺の相談はわずか1%くらいで、実態はよろず相談のようなものでした。ところが本格的な高度成長時代に突入すると、集団就職で“金の卵”と呼ばれた若者たちが上京。都市に人は集まるけれど、ひとりひとりは孤立していて孤独でした。“東京砂漠”という言葉が定着したほどで、1980年代初頭にかけては10〜20代からの電話が多く、10代が全体の20%を占めていました」

携帯電話もなかった時代。大抵の家は玄関や居間に黒電話が置かれ、家族の前では電話をかけにくかった。そこで相談ごとがあると、若者は10円玉を持って赤やピンクの公衆電話に向かった。

「お金がなくなったから、もう切れます…」といったきり、電話が切れることも多かったという。

一方、1980年代はまた、全国的に“いじめ”の風が吹き荒れ、10代の自殺が相次いだ時期でもある。1986年にはアイドル歌手として一世を風靡した岡田有希子さん(享年18)の自殺もあり、その連鎖が問題にもなった。

やがて1990年代にはいってバブル経済が崩壊。同時進行的に、年功序列や終身雇用といった日本独特の社会制度が崩れ始めると、さらなる自殺者急増時代を迎え、1998年には初めて3万人を超える。その多くは30〜50代の中高年で、この数字はいまもなお続いている。13年連続3万人超えは先進国でもトップクラスの自殺数だ。

※女性セブン2011年11月24日号