各文芸賞の受賞予想をする書評家・大森望氏は、今年度上半期の芥川賞候補作『あめりかむら』をこう評しました。「"震災後の日常をどう生きるか"という視点で読むと、いま必要とされている小説じゃないか」と。

 主人公・道子は、30代後半の女性。学生時代から付き合いのある戸田君を、自分の欲望に素直で、要領のいい人物として回想します。主人公は、そんな戸田君を疎んじています。彼を思い返せば、妬み、嫉みといったひりひりとした嫌な感情を引き出すにも関わらず、十数年経った今でも思い出さずにはいられない。そんなふうに戸田君は、主人公の不器用な生き方を浮き彫りにする存在として描かれていきます。 

 単純な言葉にすれば、人生の勝ち組が戸田君で、負け組の象徴が主人公とも言えます。でも、当然ながら、この小説ではそのような安易な表現は見られません。「人間はそんな単純なものではないよ」というのが、この著者の描く世界だからです。

 順風満帆に見えた戸田君の突然の死。それが自殺だったという事実。そして、主人公の病からくる死への恐怖を通して、冷えていた道子の心は変化します。みっともなくても、嫌な感情を抱くとしても、人間に、生に執着していこうと。

 確かなものなんて何もない、だからこそ、次々と言葉を重ねていくしかない...。そんな作者の思いが伝わってきます。大森氏がこの小説を震災後に必要とされているタイプのものと感じた理由も、このあたりにあると言っていいのではないでしょうか。

 人の心の痛みに寄り添うように紡がれた物語。ざわざわと心に引っかかる言葉を探してみるのも悪くないはずです。



『芥川賞候補作『あめりかむら』で「震災後の日常をどう生きるか」を考える』
 著者:
 出版社:新潮社
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