Facebook、Twitter、mixi......私たちの生活にSNSが浸透してから、多くの出会いが生まれました。なかでもFacebookは、全世界のユーザー数が8億人を突破するなど、凄まじい勢いで成長を遂げています。

 人と人との繋がりが注目される現在ですが、小説家・長嶋有氏の書籍『安全な妄想』には、今の流れとまったく逆をいく、"絶交"をテーマにしたエッセイがおさめられています。


 「お宅では以後、単行本を出さない。刊行した書籍も文庫にしない」

 数年前、長嶋さんは、ある出版社とトラブルになった結果、上記のような言葉を残して絶交したそう。しかし、知り合いにそのことを伝えると、「絶交って!」と笑われたようです。たしかに"絶交"の言葉には、驚き以前にアナログな古い響きがあり、どこか可笑しくみえてしまいます。

 笑われた長嶋さんは納得がいかず、絶交というカードが無ければ、大人が頭にきた場合はどうすればいいのか、と逆に聞くと、「もう単行本は出さない、なんて宣言せずに、あいまいに先方の依頼を引き伸ばして、付き合わないようにすればいい」と、アドバイスされたそう。つまり、無言で距離を置くという方法です。しかし、それでは「自分が腹を立てていることが伝わらないではないか」というのが長嶋さんの考え。

 執筆当時の段階では、まだ出版社からの謝罪はないようです。出版社にもそれなりの事情や言い分があるのかもしれません。ただ、長嶋さんは、なにかと出版社のことが気になってしまう様子。絶交を「した側」と「された側」で、そのことに囚われるのは、間違いなく「した側」。「された側」は、まぁ大体"きょとん"ぐらい。だから、もし共通の知人の集いに誘われても、参加できないのは常に絶交「した側」で、「された側」はしっかり出席してエンジョイするのです。そのことも、絶交「した側」は悔しく思うのです。

 なにかと「絶交」にはエネルギーを使うもの。なるべくして「絶交」の言葉は衰退していったのかもしれません。SNSによって広がっていく人間関係。トラブルの際、あなたはどのような方法で解決しますか?



『"絶交"を「した側」と「された側」、辛いのはどっち?』
 著者:
 出版社:平凡社
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