いま必要なのは、右肩下がりの人生を描いた伝記!?

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評論家の小谷野敦さんが、興味深い発言をしている。小説家を目指したものの、書くものがなかなか売れず、文学賞も受賞できず、小説以外の仕事で飯を食ってきた。しかし、その後は出世して「藝術院会員になり文化勲章をとった」という事例として、井伏鱒二が若いころに探訪記事を書いていたことをあげている。いわば右肩あがりの小説家の一例が、井伏なのである。

一方、井伏のような事例の真逆もある。デビューしてすぐに文学賞などを受賞し、時の人になったものの、その後はぱっとせず、本来自分が書きたいもの以外の文章を売って糊口をしのぐような小説家だ。そのことについて、小谷野さんはこう述べている。

「芥川賞や直木賞をとった人でも、三好京三とか畑山博とか、売れなくなってきて結構苦労したものだ。だから本当は、若者に真実を教えるためには、『若いころ苦労して出世した』人ばかりじゃなく、『若いころ華やかなこともあったが、その後苦労した』人の伝記も必要だと思う」(ブログ「猫を償うに猫をもってせよ」、20011年10月31日のエントリーより)

三好は1931年生まれで、1976年に『子育てごっこ』(文春文庫)で第41回文學界新人賞と第76回直木賞を受賞し、2006年まで小説を書きつづけたが、『子育てごっこ』のような話題作を生みだすことはできなかった。また畑山は1953年生まれで、1966年に第9回群像新人文学賞を、1972年に第65回芥川賞を受賞しているが、三好と同様にその後は話題作が出ていない。

「文学賞.com」のトップページには、45の文学賞が掲載されている。そして、芥川賞や直木賞の選考は年に2回ある。つまり、年間50人近い文学賞受賞者がいるのだから、右肩上がりだけでなく、右肩下がりの小説家がいてもおかしくない。そして、右肩下がりの状況こそが、職業としての小説家の「真実」であると小谷野さんは述べている。「『若いころ華やかなこともあったが、その後苦労した』人の伝記も必要」というのは、的を射た提案であろう。

この小谷野さんの話は、小説家のみならず、さまざまな職業にあてはまると思う。例えば大学の先生にしても、若い頃に研究の実績を上げ、業界に名をとどろかせたものの、その後はぱっとせず、いまはルーチンの仕事をこなしつつ高給を得ながら余生を趣味で生きる、みたいな人はたくさんいる。いや、そういう人のほうが圧倒的に多い。まさに右肩下がりの人生である。

それがいいのか悪いのか、筆者は判断しかねる。だが、右肩下がりの人生には、人生の初期に輝いてしまったがゆえの苦難があることは想像できる。くわえて、その輝きの大小と時期のズレはあると思うが、何かしら職業を持つ大抵の人は、この右肩下がりの人生を歩んでいるような気がする。ちまたの伝記を見まわせば、右肩上がりの人生を描いたものばかり……。

やはり「若者に真実を教えるため」には、右肩下がりの人生を送った人の伝記が必要なのである。

(谷川 茂)