“お寺の幼虫”

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お寺は、普通、数百年の歴史がある。今は地味寺でも、鉄筋コンクリートでも、れっきとした由緒を持っている場合が多い。しかし、東京や大阪などの都会には、そういうお寺とは別に、歴史の浅いお寺もある。明治に入って大都市への人口流入が進むと、新興住宅地での布教のために、各宗派が布教所を設けたのだ。最初から○○寺、○○院と名乗ったお寺もあるが、○○教会という名でスタートする場合も多かった。信者が集まり、歴史を重ねるとともに○○寺と名乗るようになる。これを「寺格を得る」という。ま、幼虫が羽化して蝶になるようなもんですね。日蓮宗が比較的多い。今回は、東京にあるそういう“お寺の幼虫”を見ていこう。特に墨田区には○○教会が多い。高度経済成長期に人口が急増したが、この時期に各宗派の教会もできた。上の写真は東京スカイツリーのすぐそばの横川にある正竜教会(日蓮宗)、どこから見ても一般の民家だが、玄関に「正竜教会」と大きな扁額がかかっている。



私は、こういう「教会」があることが、今の仏教界の「希望」のような気がしている。庫裏に引っ込んで、人が来れば話をしたり経を読んだり、という今の寺のスタイルは、完全な「守り」だ。でも「教会」は、信者獲得をする必要があるから、街に出て人々の間で仏教を語る。昔の熱い信仰が残っているのだ。建物は簡素だが、真剣さがにじみ出ている。
この寺もそんな一つ。東向島の駅に近い向島教会(日蓮宗)。


これも、今を生きるお寺の姿といっていい。玄関に止められている軽自動車が機動力を物語っている。
少し仏教施設らしいたたずまいの教会もある。


向島にある、唐破風のついた玄関を持つ啓運閣教会(日蓮宗)、この教会のすぐ前がスーパーマーケット。主婦のにぎわいのすぐ隣に日蓮の教えを説く施設が建っている。日常に疲れた主婦が、買い物バッグを片手に訪れたりするのだろうか。


南無妙法蓮華経と独特の字で掘られた石碑(ひげ題目)と、鎮守の稲荷の鳥居が、お寺らしさを醸し出している。

もう少しひっそりとしたたたずまいの教会もある。荒川土手に近い木下川教会(真宗大谷派)。


このあたりは町工場が並ぶ典型的な下町。高度経済成長期に人が増えたが、今は町全体が静かに年を取ろうとしている。そういう人々に寄り添うようにして教会が建っているのだ。
町と一緒に生きていく、という気持ちがにじみ出ているように思う。
さて、最近めでたく寺格を得て、教会から寺へと「羽化」したらしいお寺もある。これは、墨田区ではなく隣の台東区下谷の東郷寺(日蓮宗)。


このお寺は、ついこの間まで坂本教会と称していたようだ。今も門柱の左に至誠山東郷寺、右に坂本教会と表札が出ている。東郷平八郎ゆかりのお寺のようだ。当然、明治以降に建った新しいお寺だ。近年の住宅風建築から伝統的な瓦屋根が出ている“ハイブリッド”な建物もこのお寺にふさわしい。

教会は、お寺のように地図に記されることがほとんどない。Googleマップにも載らない。だから、足で探すしかない。苦労して訪ねても、すでになくなって駐車場になっていたりもする。お寺よりも立場が弱いようだ。
しかし、教会は、古い古い大木の枝の先端の新芽のようなものだ。生きていくのが大変な世の中だが、健気に伸びてほしいと思う。


写真と文/広尾晃「地味寺」アーカイブ運営






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