今回のテーマは夜の暗渠歩き。日中とはまた異なった姿を見せる夜の暗渠/川跡の様子を紹介しよう。

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今回のテーマは夜の暗渠歩き。日中とはまた異なった姿を見せる夜の暗渠/川跡の様子を紹介しよう。
暗渠/川跡は谷底を通っていたり、ビルの谷間になっていたりすることが多く、家々が背を向けていたり商店も間口を向けていることが少ないから、町の中でも真っ先に薄暗くなるところが多い。夕暮れの頃、温かいあかりを灯す商店の脇で、暗渠は闇につつまれ始めている。



そして、日が落ちて夜も深まってくると、暗渠は異界への抜け道のような様相を呈してくる。



きれいに整備され遊歩道となっているような、日中はいわば健全な暗渠であっても、夜になるとその姿は一変する。進んで行く先がはっきりと見えない状態は探検気分を際立たせる。



ぽつりと灯る街灯、そして周囲の家々の灯り。暗闇は視覚以外の嗅覚や聴覚と言った感覚も敏感にさせる。家々から漏れる生活の音や料理の匂いだったり、下水のごおおと流れる音だったり。そして暗渠に漂う湿気をまとった空気も夜になるとその濃厚さを増す。



暗渠上に現れる灯りは、その眩しさによって逆に先に潜む闇を引き立たせている。下の写真は火葬場の敷地のトンネルを抜けていく暗渠。トンネルの中だけが、蛍光灯で煌々と照らされている。その先は闇だ。まさに異界への入り口のような空気を漂わせている。



谷底を通る暗渠の暗闇の先に現れた、黄泉の世界からの出口のような階段。上がった先に照らし出される家屋と陸橋が眩しい。夜の水辺には、なにか生と死の境目のような、平穏と不穏が同居しているような感覚を覚えることがあるが、夜の暗渠にも同様の感覚があるように思える。しかも、自分の身体は川べりではなく川(があった場所)の上にある、ということがその感覚をことさらなものにしているように思える。




暗渠に潜むものたちは夜になるとその存在感を増す。下の写真は大正末期に架けられた古い橋の欄干。川が暗渠となったときに通行のために間を切り取られてしまい、車止めの扱いに甘んじているが、夜になると煌々とした自販機の蛍光灯が、その姿を闇に浮かび上がらせる。かつて橋が架け替えられるときは「橋供養」が行われ丁重に扱われたものだが、供養を受けずに切断された橋が夜の闇に化けて出るようなことはないだろうか。



暗渠の脇にのびる路地を覗き込む猫。猫に出会うこともよくあるのは日中と同じだが、夜の暗渠猫たちは鋭敏だ。



そして、暗渠上の遊び場に設置された動物たち。最近では撤去されることも多く、いわば絶滅危惧種であるが、彼らも夜中になると目を醒ましているかもしれない。水面から大きく口をあけた河馬が豚たちに襲いかかる。



川に蓋をした上にせせらぎが復活されている、少し倒錯した風景。川はフェイクだが、川沿いの桜並木は暗渠化される前からこの場所にあって水面に影を映していた。木々は、川が流れていた頃と同じく夜風を受けてざわざわと音を立て、ひらひらと花を散らす。



さてどうだっただろう。夜の暗渠を散歩してみたくなったとしたらこの記事は成功だ。さいごに注意事項。夜の暗渠には、当然ながらいわゆる「夜道」の持つリスクもあることには十分注意を払ったほうがよいだろう。なるべくなら、土地勘のある場所、できれば日中に歩いたことのある場所をおすすめする。また、泥棒や痴漢に間違えられる可能性にも気をつけよう。




裏道や細い路地になっているようなところは、一応街灯がある場合でも、あまり遅い時間は避けたほうがよいだろうし、あまり深入りしないようがいいかもしれない。



そんな点に気をつけながら、いつもの帰り道、途中下車して暗渠を歩いて帰るのもまた一興なのではないかと思う。


※今回の撮影地:神田川笹塚支流(和泉川)(新宿区、渋谷区)、貫井川支流(練馬区)、妙正寺川上高田支流(仮称)(中野区)、稲付川(北区)、桃園川傍流(杉並区)、北沢川(世田谷区)、立会川支流(品川区)



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