トルコ風呂にまつわる都市伝説(その2:トルコライスの謎)

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 1890年(明治23年)9月16日、和歌山県串本町沖の紀伊大島でトルコの軍艦のエルトゥールル号が遭難しました。580余名の乗組員の戸尊い命が奪われましたが、このとき、島民の献身的な救助活動により、69名が救助され、引き揚げられた遺体は現在の慰霊碑がある丘(写真右上)に埋葬されました。このことは、日本とトルコの 友好関係の起点としてトルコ国民に記憶されています。

 ところが、1984年、両国の友好関係を揺るがしかねない事件が巻き起こりました。「トルコ風呂改名問題」です。この問題は、「トルコの名前をいかがわしいお風呂の名前に使わないで欲しい」というトルコ人青年の訴えに端を発し、新聞、テレビなどで大きく報道され、トルコ大使館や厚生省を巻き込んだ社会問題に発展しまし た。(現在でも古い建物の一部に「トルコ」の名が残っている看板を発見することがあります。写真は和歌山。)



 そして、1984年12月19日、東京都特殊浴場協会は新名称をソープ(石鹸)の名から採用した「ソープランド」と決め、東京や全国で加盟店以外の店にも新名称への変更を呼びかけることになりました。記者会見に同席したトルコ大使館のイルハン・オウス文化広報参事官は、「これからはトルコという名はトルコの国の名だ けにしてほしい」と語りました。
 その後、新名称は全国に普及し、宇都宮では「しゃぼん玉通り」という石鹸にちなんだ通り名も出現しました(写真は2008年撮影)。



 ところで、トルコ発祥でないのにトルコの名が使われているものとして、トルコライスがあります。トルコライスは長崎の名物で、ピラフ、ナポリタン、トンカツの3種類を並べた”大人版お子様ランチ”のような洋食メニューです。エルトゥールル号遭難事件が起きた9月16日は、トルコライスの日に制定されています。


 トルコライスの発祥については、諸説ありますが、伊丹由宇さんの「にっぽん食謎紀行」によると、トルコライスの発明者は、長崎の「レストラン元船」の経営者の松原三代治さんで、命名にはトルコ風呂が関係していました。昭和33年、着物姿の女性の後ろ姿(襟とうなじの白→ピラフ、裾の朱色→スパケッティ、帯の茶 色→トンカツ)を眺めていたとき、新メニューがひらめき、その頃トルコ風呂が流行っており、うんと精力をつけて頑張ってほしいから「トルコライス」と命名したそうです。意外なところでトルコ風呂と接点のある?トルコライスですが、日本人が発明した洋食文化の一つとして日本とトルコの友好の架け橋となっています。




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