一風変わった料理本が出た。
『花のズボラ飯 うんま〜いレシピ』である。久住昌之原作、水沢悦子作画のコミックの作中で紹介された料理を13品再現し、94品の「ズボラ飯」を加えて107の料理を掲載したレシピ本だ。いや、レシピというにはあまりに大胆な料理がいろいろ。
 再現レシピ6は「ドライカレー」である。
 材料は、残ったカレー:適量とごはん:適量。作り方は「残ったカレーにごはんを入れてまぜる」。これだけ。以上。
 なんだそれは、と原作を知らない人は言うだろう。料理じゃないじゃないか、って。いや、でもちゃんと食べられるし、たぶんおいしいんじゃないかと思う。ドライカレーの作り方のちゃんとした定義には沿ってないかもしれないけど。この再現メモには「花のちょい足しメモ」というのがついている。花というのは『花のズボラ飯』の主人公(であり、ほぼ唯一のレギュラー)の名前だ。メモによるとドライカレーに「みそをプラスすれば、ほんのり和風味に! しかも、コクがぐんとUP」とのことだ。なるほど。

『花のズボラ飯』は、「Eleganceイブ」に2009年6月号から連載されている。今年の1月に出たコミックは、一時書店から本が消えるほどの売れ行きとなった。
 話の基本は単純だ。主人公の駒沢花が、忙しかったり風邪を引いていたりと時間に余裕がないときに、それでもおいしいものが食べたいと、知恵を働かせて「ズボラ飯」を作る(夫が単身赴任中で、一人暮らしなのだ)。それを見て読者は「ちゃんと作ってないのに、なんてうまそうなんだ!」と感心するのである。手抜きといえば手抜きだが、おいしいものを食べたいという執念が生んだ「工夫」が花の料理にはいつも加わっている。その手間のかけかたを「ズボラ」と呼ぶわけである。栗原はるみさんの行き方とは違うけど、これだって立派な台所の知恵だ。
 1990年代の〈セイシュンの食卓〉シリーズから連綿と続く、「グルメといえるほど食事に金をかけられないし、山岡士郎みたいに本物志向にもなれないけど、やっぱりおいしいものを食べたい」という日常志向のレシピ本の系譜が、「ズボラ飯」の背後にある。たとえば本書で紹介されている、「なんちゃって松茸ごはん」などはフェイクの食材を使って本物に近い味を出す、という点で〈セイシュンの食卓〉そのものだ。これはエリンギをちぎったもので食感を、松茸の吸い物の素で香りを代用して松茸ごはんもどきを作るもので、私も実際に作ってみたことがある(子供が学校で『エリンギで松茸ごはんを作った』と暴露して、恥ずかしかった記憶あり)。たしかにそれらしいものができるのである。注意書きにあるとおり「エリンギは手で裂いたほうが風味は味のしみ込み度がUP」する。その通りだ。
 関心を持った人のために各章のタイトルを紹介しておこう。「創作トースト」「ごはん、その上に...」「奇跡の即席ラーメン」「炊飯器入れるだけごはん」「ズボラなパラパラチャーハン」「3日めカレーの行方」「イケとるレトルト」「チンするだけの満足おかず」「ザッツ ステーキ!」「真っ当な塩鮭」「偶然の産物鍋」「焼いただけなのに...」「おにぎり再生」「甦るみそ汁」「ラヴリィそうめん」「切らないヘルシー野菜」とある。「焼いただけなのに...」がわかりにくいと思うが、「ベイクド油揚げ」や「しいたけチーズ」など、素材に火を通しただけで立派な一品料理になってしまうものが紹介されているのである。

 ちゃんと確認していないが、『孤独のグルメ』は掲載誌の部数をその週だけ増大させる、切り札の作品になっているはずである。できれば毎週掲載したい、というのが編集部の願望だろうが、作画の谷口ジローが大変だろうし(あの背景の描きこみぶりときたら)、何より原作者の久住昌之がたいへんだ。すでに『花のズボラ飯』も人気連載になっていて、現在発売中の11月号では花が表紙に抜擢されていた。もしかすると近い将来、深夜枠でアニメ化されてしまうのではないだろうか。もしくは実写か。『深夜食堂』の例もあるし。そうなったら視聴者は、「スパイシーカレーラーメン」や「バター焼きおにぎり」などの「ズボラ飯」を食べながらテレビを観ることになるだろう。

(杉江松恋)







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