「気の済むまで小説を書いてダメだったら他の道を考えようと思った」樋口有介さんインタビュー(3)

写真拡大

 出版界の最重要人物にフォーカスする『ベストセラーズインタビュー』!
 第33回の今回は、著書『ピース』(中央公論新社/刊)が文庫化され25万部を超えるベストセラーになっている樋口有介さんです。
 最終回の今回は、樋口さんが作家になるまでの経緯をお聞きしました。どうやらデビューまで様々な紆余曲折があったようです。

■「気の済むまで小説を書いてダメだったら他の道を考えようと思った」
―作家になる前は劇団員や業界記者などさまざまなことをされていた樋口さんですが、作家を志したきっかけは何だったのでしょうか。

樋口「作家になりたかったから、ろくに仕事もせずに職を転々としていた、というだけのことです。今でいうフリーターみたいなものですかね。作家になろうと思ったのは16歳のときです」

―ずいぶん早くから作家になることを志していたんですね。当時作家になりたいと思ったのにはどのような理由があったのでしょうか。

樋口「私は中学を卒業するまで、小説なんてひとつも読んだことがなかったんですよ。教科書もろくに開いたことがないようなバカな兄ちゃんでね、高校も行かずに母親の実家だった看板屋の手伝いをしていました。そのうちに夜学へ行くようになったんですけど、そこもすぐにやめてしまったので、一生を田舎の看板屋で過ごすしかないかな、と思っていたんです。でも、その次の年に夜学のときの友達が、田舎へ行くとまったく勉強をしなくても入れる高校があるって言うものですから、それならということでもう一度高校へ行くことにしました。『まったく勉強の必要はなし』なんですから、そのとき生まれて初めて、小説というものを読みました」

―ちなみにその小説は何だったか覚えていますか?

樋口「忘れてました。光文社文庫だったと思うんですけど、たまたま家にあった本でした。それが面白かったんでしょうね。たった一冊小説を読んで、よし作家になろう、と思ってしまったんですから 、バカは恐ろしい」

―それはまたすごい方向転換ですね。

樋口「親も悪いんですよ、止めればよかったものを(笑) 。教科書もろくに開いたことのないバカ息子が小説を一冊読んだだけで『作家になる』とか言ったら、『それはいい!』だなんて。普通は止めますよね。
それからコツコツ小説を書いて『文學界』の新人賞に年二回応募しつづけて、東京の大学へも進学したんですけど中退して、いい加減な暮らしをしながらもずっと小説は書いていました。でも、どうしてもデビューできず、そのうちに長いこと交際していた女性にも捨てられて、秩父の山奥へ入ったわけです」

―そういう経緯があったんですね。

樋口「とにかくそこで『好きなだけ小説を書いてみよう』と思ってね。気の済むまで書いてダメだったら他の道を考えようと。そして5年目に何とか賞にひっかかったわけです。書き始めてから20年以上かかりましたね。デビューしてから22年経ちますから、私はもう40年以上も小説を書いている(笑)」

―樋口さんが人生で影響を受けた本がありましたら3冊ほどご紹介いただければと思います。

樋口「ジェイムズ・サーバーの『虹をつかむ男』。これを読んだときに、小説は面白くなくてはいけないなと思いました。どうでもいい難しいことを、ああだこうだと書くのは作家の恥。ユーモアだとか可笑しさだとか人生の滑稽さだとかを読者に提供する、それが作家の仕事だと。あとはフレドリック・ブラウンの『未来世界から来た男』。この人の作品は全部読みました。もう一冊は坂口安吾の『風博士』です」

―今後作家としてこんな作品を作っていきたい、というものがありましたら教えてください。

樋口「そういうのはないですね。書き始めてから40年以上、単行本ベースでも40冊以上は出していますから、いくら好きでも飽きますよ。今書いているものが一段落したら、また昔のバックパッカーでもやりますか」

―最後に読者の方々にメッセージをお願いします。

樋口「私の作品には青春ミステリーとか、中年ハードボイルドとか捕り物帳とかいろいろなジャンルがありますから、いくつか読んでいただければ幸いです」

■取材後記
 5年間、秩父の廃村にこもって小説を書きつづけて、作家デビューにこぎつけたという樋口さんの根気にはただただ敬服するばかり。
 目的を達成するために、ブレずに訓練を重ねるという同氏の姿勢は、おそらくどんなことをやるにも必要なのだろう。
 このインタビューで語ってくれた御巣鷹山の航空機墜落事故や当時のマスコミ報道は『ピース』において大事なカギになっている。事故ついて多少の知識を仕入れておけば、この物語をより深いところまで読みとれるはずだ。
(取材・記事/山田洋介)


【関連記事】 元記事はこちら
樋口有介さんインタビュー(1)
樋口有介さんインタビュー(2)
実は人を傷つけているかもしれない余計なひと言
「結婚できない男」の特徴