サバンナの動物を通して見える「生」と「死」

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 明日、死ぬかも知れない。
 ということを、普段の生活で意識することは難しいと思います。もちろんその可能性がゼロではありません。しかし、ほとんどの人が、明日があることを前提として今日を生き、1年後、5年後、10年後があることを前提として目標を立てます。
 個人的な体験ですが、体調不良から、大病を疑われたことがあります。具体的な病名を出されたとき、明日はあるにしても、当然「死」を意識します。そのとき、頭に巡ってきたことは、自分の人生を一体どうしたかったのか、本当に自分にとって大事なことは何か、ということでした。

 明日を生きるために、今日を必死に生き延びる。
 常にそうした環境にいるのが、アフリカのサバンナにいる野生動物たちです。
 『サバンナの動物親子に学ぶ』(羽仁進著、ミロコマチコ絵、講談社刊)は、「生」とはなにか、「死」とはなにか、その重いテーマをサバンナの野生動物たちの姿を文章とイラストを通して描くドキュメンタリーです。

■人間の手で解決できないこと
 本書には30代を過ぎてからアフリカで野生動物の撮影をするようになった羽仁さんが、そのアフリカで見た「生」と交錯する「死」がつづられています。
 その中から1つのエピソードを紹介しましょう。

 とあるライオンの小さな群れが羽仁さんの前に現れました。メスが三頭、子ライオンが二頭。ライオンたちは痩せています。食べものが見つからないというのは近年よくあることですが、彼らの痩せ方は異常だったそうです。
 母らしきライオンと子ライオンたちは全く睦み合いません。そのうち夕方になると、三頭のメスライオンたちは、お互いに誘い合うようにして、その草原を足早に走り去ります。子ライオンはそれを見送り、ゆっくりと近くの草むらの中に入っていきました。
 これが母と子の別れでした。
 翌日、羽仁さんが同じ草むらに戻ってくると、子ライオンたちはいませんでした。しかし、しばらく探すと別の草むらに淋しく残っていたのです。二頭の子ライオンはどうやら兄妹らしく、幼い兄は凛然としており、前日とは雰囲気が違っていました。
 さらに、子ライオンの兄妹はその翌日も居場所を変えていました。何も口にしていない兄弟はすっかり痩せてしまっていますが、兄の顔は緊張に耐える責任のため、輝いているように見えます。
 彼らが居場所を変える理由。それは生き抜くためです。
 たとえ、一日でも、二日でも、兄妹だけで生きていこうと必死です。羽仁さんは「そのために、幼い身体の中から、これだけの知恵と強い気持ちが輝いてくるのだ」と心の中で噛みしめたそうです。そして、妹の眼をつぶった顔も、たまらないほど美しく輝いています。その兄妹の姿を羽仁さんは「この世のものとは思えないほど強い光を放つかわいさ」と評します。

 どうしてこの兄妹を助けてあげないの? 多くの人はそう思うでしょう。
 しかし、現地の国立公園本部の監視員はこう諭します。
 「すべてを、人間の手で解決しようと思っていては、大自然を理解し愛するという境地には、いたれないのだよ」と。

 人間は「生」も「死」も、自分で決めたがります。しかし、子ライオンの兄妹の姿は、その日を生き抜くために、「死」と隣り合わせの「生」を渡り歩いています。私たちが普段送っている生活の中では、「死」を意識しません。しかし、サバンナには「生」と「死」が同じ時間にあります。だからこそ、羽仁さんは子ライオンの兄妹を美しいと評するのです。
 先日死去したアップル前CEOのスティーブ・ジョブズ氏は、スタンフォード大学の卒業式のスピーチで「もし今日が自分の人生最後の日だとしたら 今日やろうとしていることを 私は本当にやりたいだろうか?」と言いました。

 この本の中に、ライオンや猿、鹿、狸、亀などに囲まれて体育座りをしている裸の人間を描いた絵が収録されています。これを見ると、人間も動物の一種であり、優劣は存在しないことに気づくでしょう。
 そして、遅かれ早かれ、いつか必ず死を迎える日がやってきます。「死」は「生」と一緒の時間の中にあることに気づき、自分の生き方を見直す必要がある。本書は、そんな普遍的だけれども、とても重要なことを教えてくれる一冊だといえます。
(新刊JP編集部/金井元貴)



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