被災地のひきこもりの現状を報告する池上正樹氏

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 母は「津波だ、逃げろ!」と、2階にひきこもる息子に向かって叫んだが、彼は家から出てくることなく津波に飲みこまれた――。2011年10月16日、銀座・文祥堂イベントホールで、トークイベント「ひきこもりたちの東日本大震災」が開催され、その模様がニコニコ生放送で中継された。社会と人とつながれない"ひきこもり"は、推計で約70万人、その予備軍を含めれば、約225万人いるといわれている。このイベントでは、"ひきこもり"に関する著書を多数執筆する、ジャーナリストの池上正樹氏や、被災地でのボランティア活動を続ける精神科医の斎藤環氏らが登壇し、ひきこもり当事者とその家族にとっての、震災当日の様子や、避難所での集団生活など、メディアで取り上げられる機会の少ない、被災地における"ひきこもり"の現状を報告した。

 震災当日、マグニチュード9.0を超える揺れのあと、沿岸部は津波に襲われる危険があった。震災後、現地で取材を続ける池上氏は、宮城県女川町の住民女性から、次のような話を聞いたという。女性の隣家の息子はひきこもっており、これまで一度も見かけたことがなかった。

「隣に住んでいる20歳代の息子さんが、地震のあと家から出てきて、『津波がくるんですかね』と聞きに来たんです。隣の家は両親と息子さんの3人暮らしだったんですけど、(住民の女性が)『津波がくるからはやく逃げたほうがいい』と教えてあげると、その息子は何もいわないで、家に戻って行った。両親もそのまま出てこないで、結局、津波に流されてしまった。住民の女性がいうには、(息子さんを)初めて見たっていうことでした」

 また岩手県野田村では、母親がひきこもりの40歳代の息子に「津波だ! 逃げろ」と叫んだものの、息子は出てこなかったため、母親だけが高台に避難。母親によると、息子は窓を開けて外の様子を眺めていたものの、そのまま津波に飲まれてしまったケースがあったという。

 精神科医の斎藤環氏も、被災地で同様のケースを耳にしたという。

「生命の危険に晒されたら、ひきこもり続けるのと、死んじゃうのと、どっちをとるかといったら、生きるほうを選ぶだろうと思うんだけど、どういうわけか津波では逃げない。逃げないご本人を説得しているうちに、説得しているご両親だけが死んでしまうというケースがあった」

■被災を機に"ひきこもり"から立ち直る人たち

 池上氏は、被災地の「ひきこもり」パターンとして、「避難できた」、「避難できなかった」、「震災を機にひきこもった」と、大きく3つに分類し、たとえ避難ができても避難所での集団生活になじめず、半壊した自宅に篭もってしまうケースもあれば、この震災をきっかけに社会とのつながりを取り戻し、ボランティア活動に励む者も現れているといい、池上氏は次のように分析した。

「震災というのはすべてをフラットにします。同じように家を失くされて、何もない状況のなかで、避難所の配給を食べて生活をする。そのなかでは職業も尋ねられず、とても楽だということです。そういうフラット化するなかで、負い目を感じるものがなくなった。自分のためには動けないけど、人のためだったら何かやろうと。家族を守んなきゃいけないとか、自分よりもっと悲惨で困っている人を助けなければいけない、そういうところで突き動かされて、ボランティアや仕事に就くような人が現れました」

 また、斎藤氏は、現在もひきこもりに悩んでいる家族にとっては、危機的状況は本人を立ち直らせる絶好の機会にもなり得ると力説する。ここでいう"危機"とは被災に限らず、家族の事故や入院といったリスクすべてを指す。そうした状況がしばしばチャンスになるといい、

「危機的な状況のときほど"守り"に入ってしまい、ひきこもっている可哀そうな子供だから守ってあげなきゃいけないと思ってしまう。危機的状況のときは、ひきこもっているお子さんにも手伝ってもらってかまわないんです」

と、危機的状況だからこそ、役割分担を明確化させるべきであると語った。

◇関連サイト
・[ニコニコ生放送] 「被災地のひきこもり」の各ケースから視聴 - 会員登録が必要
http://live.nicovideo.jp/watch/lv66934323?po=newslivedoor&ref=news#0:19:55

(ハギワラマサヒト)