従業員の健康に十分配慮することが、会社に求められる時代になった。その一方で、健康状態に関する情報はプライバシーとして守る義務があり、担当者は神経を使うことが多い。

   社員を海外出張させることが増えているある会社では、社長が勝手に社員の感染症検査を行った結果、HIV感染者が見つかって右往左往しているという。

社長「悪いけど早く辞めてもらうしかない」

――雑貨の輸入販売を行う会社の人事担当です。先日、社員の定期健康診断の業務委託をしている医療機関から、健診結果とともに血液検査の結果が送られてきました。

   私も含め、事前に了承をしていないのでとても驚きましたが、どうやら社長が総務担当に、

「社員が何か感染症にかかっていないか、調べておくように」

と勝手に命じたようです。

   さらに困ったことに、検査によってHIV感染者が1人見つかってしまいました。当社はここ数年、仕入れのためにアジア、アフリカ諸国へ社員を出張させることが増えており、渡航履歴から見てそこでの感染のおそれが高いようです。

   その結果を社長に知らせたところ、青ざめてすっかり慌ててしまい、

「他の社員に知られたら大混乱になるのは間違いない。一緒に働きたくないとか異動させて欲しいとかいう人も大勢出るだろう。感染者はたった1人なんだから、悪いけどその社員には早く辞めてもらうしかない」

と私に伝えてきました。

   ただ、本人が感染の事実を知っているかどうかもわからず、どうやって検査の結果を知らせればよいのか、感染者をどういう理由で解雇できるものなのか、戸惑っています。社長には悪気はなかったのかもしれませんが、勝手なことをしたばっかりに…。どういう点に注意して対応したらよいのでしょうか――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
HIV感染を理由とした解雇や退職勧奨は許されない

   すでにやってしまったことは仕方ありませんが、健康診断では事前に告知した内容以外の検査を、社員に無断で行ってはいけません。特にHIVウイルスには通常の職場生活では感染しないので、会社の検査項目に加えるべきではありませんし、採用の際に検査を義務付けることもできません。

   会社の健康診断でHIV検査を行う場合には、あくまでも社員の意思で自発的に行うこととし、検査前や後の説明には十分配慮すべきです。今回の場合も、感染者に単純に結果を知らせるだけでなく、専門家による丁寧なカウンセリングを行いましょう。もちろん検査結果の秘密は厳重に守る必要があります。

   また、社長が感染者の解雇を考えているようですが、上記と同じ理由で許されません。過去にHIV抗体検査で陽性だったことを理由に従業員に退職勧奨をした職場がありましたが、裁判で解雇権の濫用により無効とされています。原則として元の職場で働いてもらうこととし、異動させる場合にも本人とよく相談すべきです。

臨床心理士・尾崎健一の視点
正しい教育が偏見を弱め、感染者支援につながる

   海外出張が多い職場では、エイズ予防教育をあらかじめしておくのが理想です。HIVはどういう経路で感染するのか、リスクの高い行動は何かなどについて、産業医などの協力を得て従業員に知らせておけば、社員の感染を防げたかもしれません。

   現時点で最も重要なのは、「HIVウイルスには日常の職場生活では感染しない」ことを周知徹底し、病気への偏見や誤解によって感染者が不当な扱いを受けることがないよう社内教育を進めることです。「感染によって直ちに死に至る不治の病」といった誤ったイメージを排除することが大切で、感染者本人の不安へのサポートにもつながります。

   病気に対する正しい知識(たとえばHIVに感染した血液が、傷口や粘液に触れると感染するおそれがあるが、皮膚に触れても感染しないことなど)によって、感染者への偏見も弱まるのではないでしょうか。事故によって出血するおそれのある仕事をしている場合には、作業場にゴム手袋を準備するなど不安を取り除く配慮も必要です。



(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。