by Lel4nd

リストラや受験の失敗など、人生の節目には必ずと言っていいほど挫折を感じる瞬間が訪れます。何が起こったか受け入れられず混乱し、頭を抱えるばかりで身動きも取れなくなるかもしれません。しかし、挫折の先には必ず希望があるもの。負の感情にとらわれず、再び立ち上がる助けとなる5つのステップを挙げていきます。

5 Quick Ways to Deal With the Confusion and Conflict Within You - by Dumb Little Man

1:混乱は成功の母

by cristinacosta

心の底からの挫折を経験すると、何も判断がつかなくなるほど気が動転して混乱します。しかしこの混乱は、困難な壁を乗り越える時の通過儀礼。この混乱が通り過ぎた後には、自分では思ってもいなかったような成功が待っています。混乱にとらわれて、自分の人生すべてに絶望したり、現実から目を背けて逃避したりしないようにしてください。

しかし、絶望しても仕方がないほどに気持ちが乱れるのは仕方のないこと。いざと言う時に早まった行動をしないよう、せめて「絶望する必要はないのだ」というフレーズだけでも頭の片隅に置いてみてください。

2:今の状態を受け止めて客観視する

by starbooze

例えば、仕事で取り返しのつかない大失敗をしたとします。すると、そのきっかけとなった事柄以外の部分も含めて投げ捨ててしまいたくなるような、強い自暴自棄の念に駆られる気持ちに駆られるかもしれません。

自分の周囲を見渡してみてください。道行く人が何の苦労もなく幸せそうに見えて、うらやましくなるでしょう。しかし、あなたも道行く人から見れば、幸せそうな通行人の中の1人でしかなく、苦しみを抱えているのは自分だけではないということです。そう気づくだけでも肩の荷が軽くなり、自分の気持ちを見直すことができるのではないでしょうか。

先ほど言ったことの繰り返しになりますが、挫折で感じる痛みは一時的な物と覚えておいてください。傷跡をえぐるような行為に見えますが、挫折から来る自分の正直な気持ちを受け入れてみると治りが早いです。一時的にごまかしたり嘘をついたり言い訳をしても始まりません。

3:新たな可能性を無視しない

by WTL photos

経験を重ねれば重ねるほど、生きるのは楽になっていきます。また、現状を維持することが、実は一番難しくつらいもの。例えば失職して失意の底にいるとしても、それはただ1つのドアが閉まっただけで、背後でもう1つのドアが同時に開いているはずです。

そんな時、多くの人が犯してしまう過ちは、閉ざされたドアをたたき続け、来ることのない返事を待ち続けること。視界をせばめて過去に固執していてもはあまり実りを得ることはありません。

4:スペシャリストの力を借りる

by Seattle Municipal Archives

落ち込みがひどいようなら、スペシャリストの力を借りてみましょう。ここで言うスペシャリストとは、スピリチュアルカウンセラーではなく、催眠療法士やNLPのスペシャリストなど、精神的な問題を解決するすべを持つ専門家たちのことです。

日本では精神科や心療内科を利用することは社会的にまだ受け入れられておらず、カウンセリングを受け、自分の悩みを打ち明けることに激しい抵抗を覚える人が大多数。しかし、適切な助力を得て早く立ち直った方が、その後の人生におけるダメージは少なくなります。

全世界的に大ヒットし、映画化などもされ大成功している児童書「ハリー・ポッター」シリーズの作者・J・K・ローリングは、離婚からくるショックで自殺を考えたこともあったものの、担当医から「認知行動療法」を受けたことで立ち直ります。その時医師が果たした役割はとても大きく、インタビューを受けた際に「自分を救ってくれたのはこの担当医だった」と語るほどだったようです。

5:再び挫折は訪れる

by Anirudh Koul

挫折と復帰というのはつながっている輪のようなもので、一度挫折を乗り越えても、また次の壁が待ち受けています。そう聞くと、何度乗り越えてもキリがないのかとうんざりするかもしれません。しかし、逆に言えば、どんな困難からもいずれは立ち直ることができるということになります。混乱して目の前が真っ暗になり、視界が開けるという経験を何度も繰り返して人は成長していくのです。

最後に、成功した著名人たちがその前にどのような失敗を味わい、それにへこたれずに挫折を乗り越えていったのかを知っておきましょう。すべての人が偉業を成し遂げられるわけではなく、自分は取るに足らない人間だと思ってしまう瞬間もあるかも知れません。しかしどんなひどい挫折や失敗を経験したとしても、あきらめない限り誰にでも成功のチャンスはあるはずです。

◆アルベルト・アインシュタイン


相対性理論で知られ物理学者であるアインシュタインは、5歳ごろまでほとんどしゃべることはなく、その後も言語障害をかかえたまま生きていました。小学校の高学年になってもアルベルトの会話は流暢ではなく、同級生はアルベルトのことを「のろまな奴」と呼び、クラスでも異端児扱いされていました。さらには先生からも「君がいるだけで僕の権威が損なわれるのだ」と言われ退学を勧められていました

さらに大学時代には権威主義的な教授たちに嫌われ、同級生の中でただ一人助手のポストを与えられず、まったく研究とは無縁のスイス特許局に、食いつなぐために勤めることとなりました。しかし、研究とは無縁の特許局で働きながらも自学自習をやめることなく、たった1年の間に量子論、相対性理論、ブラウン運動、そしてE=MC2に関する大論文を矢継ぎ早に発表し、驚異的な業績を残しました。

◆チェスター・カールソン


コピー機の父であるチェスター・カールソンは、特許申請の書類を手書きやタイプライターで複製する仕事に嫌気がさしていました。彼は「もっと早く書類を複製したい」と考え、自学自習で静電気を利用した現在のコピー機と同様の原理を発明。さまざまな企業に持ち込んだものの、この技術に興味を持つ会社はほとんどなく、20社以上が彼の研究支援を断りましたが、営業の末に彼の研究を受け入れる企業が現れ、まだ荒削りだった技術をコピー機としてブラッシュアップしていきます。それが後のゼロックスです。

彼の持ち込みを断った企業の中にはIBMも含まれていて、2代目社長であるトーマス・J・ワトソン・ジュニアは「(カールソンは)逃してしまった一番大きな魚」だと後悔したそうです。

◆SONY創業者の井深大(左)と盛田昭夫(右)

創立者・井深大
こころの時代:政治・経済

音響機器やゲームなど、さまざまな分野で世界的に成功しているSONYからはじめて発売された製品はなんと電子炊飯器。しかも水加減や米の種類によって芯があったり、お粥のようになったりで、うまく炊けることのほうがまれというありさまで、まったく売れませんでした。

その後も電気あんかやテープレコーダーなど、新たな物に次々と挑戦していきます。そして当時主流だった、真空管を用いた据え置き型のラジオに対抗し、トランジスタを使って小型・軽量化したポータブルラジオを開発。同時期に旧社名から現在のSONYに社名を変更し、海外への輸出も始めるなど飛躍的に発展していきました。

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