岡本太郎生誕100年を記念し、映像祭「Roll Over TARO!」が、今日15日(土)に表参道ヒルズ(スペース オー)で開催されます。

 同映画祭は、「今の時代に岡本太郎と向き合うことの意味を考えよう」とするもので、ドキュメンタリー映像の「岡本太郎」をはじめ、コピーライターの糸井重里さんや漫画家のタナカカツキさん、岡本太郎記念館館長の平野暁臣さんらによるトークセッションを開催。また、渋谷駅にある「明日の神話」に風刺画を追加して話題となったアーティスト集団「Chim↑Pom(チンポム)」の追加時の映像なども上映されます。


 どの時代にも必要とされる岡本太郎さんの存在。書籍『美しく怒れ』では、"怒り"について持論を展開。人間を凝視し、岡本さんらしい言葉で日本論を語っています。

 「私は今日、憤るという純粋さを失い、怒るべきときに怒らないことによって、すくみ合い、妥協し、堕落している一般的なずるさと倦怠が腹立たしい。世の中が怒りを失っていることに、偽りを感じるのだ。

 ふつう、怒るなんて大人げない、非道徳のように思われている。だが、世の大人どもの、腹の無視を殺して、しかも未練がましい──そのあげく、ひしゃげ、まがってしまった面つきがまったく気にくわないのだ。

 言いたいことは、上には言えない。それを下の者にぶつけ、大義名分のように、目くじらたてて怒鳴ったりする。この国で一般に通用している怒りの型だが、それはただの腹いせ。憤りではない。また、ぶちまけるハケ口がないと、腹にためて、愚痴っぽくなる。そういう気配が、何とも歯ぎれのわるい、不明朗なムードになっている。ただ、そんなものだと諦めて、誰も気にしないようにしているだけだ。たしかに、ゆがんでいる」(岡本さん)

 怒らないということは、堕落とまで岡本さんは言います。また、同じ怒りでも、さまざまな質、広さ、その段階があるのです。多くの場合は、足を踏まれたとか、変なことを言ったと、他愛ないもの。ですが、岡本さんの言う"怒り"とは、個人の腹の虫の問題ではない、人間として人間に対する憤りなのです。

 「憤り、己れをつらぬき、表現することこそ、最も純粋な人間の証である。むしろ、憤りこそ人間行動の最初のモチーフだと思う」(岡本さん)

 壮烈で、広く、純粋な岡本さんの"怒り"。岡本さんが生きたのは、1911年〜96年。没後15年経った今でも、岡本さんの言葉は私たちに響くのではないでしょうか。




『「怒らないということは、堕落」岡本太郎が語る"怒り"とは』
 著者:
 出版社:角川書店
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