郵便文化100年の歴史のたそがれ?

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   OKWaveに、こんな相談が載っていました。lugalさんは、あることに納得がいきません。それは、企業が用意した返信用封筒の宛先の下に「○○行き」と書かれているのを、わざわざ「○○御中」と書き直す必要があるとされていること。

   親からは、書き直しをしない人は就職などの出願のときに「はじかれる」と言われます。しかし、印刷されている部分をグチャグチャ消して、隣に書き直す方が見苦しいと感じてならない質問者さんは、「そんなの知るかい」と思うのが正直なところです。

「行き」のままでは「呼び捨てと同じ」か

   内心馬鹿らしいと思いつつ書き直してはいますが、郵便局で聞いたところ、最近では大学受験の願書にも「御中」と書かない人が増えたのだとか。であれば、いずれこんな文化は消えるのではないか。「皆さんはどう思われるでしょうか?」

   常識は文化やマナーと同様、「暗黙の了解」の一種であり、価値を共有しない人同士ではなかなか分かり合えないもの。回答者からは予想通り「私は馬鹿らしいとは思わない」という反論が見られます。

「常識というより、ビジネスマナーとして最低限の行為」(yumi0215さん)
「『○○様』や『御中』にして出さなければ、相手を呼び捨てにするのと同じです」(inu-cyanさん)
「会社は差出人の常識を判断しているのかも知れませんね」(ocean-banさん)

   これに対し質問者さんは、指摘されたことは知っているが、「常識がないのではなく、必要がないと感じている」と反論します。

   「行き」が「御中」になっているからといって、「この人は礼儀を守る人なんだ」と感じたこともなく、逆に「行き」のままが失礼だと思ったこともありません。「人がチェックするのは文章であって、封筒の表面ではないからです」

両方の意味で使える新しい言葉ないか

   そんな反論にもかかわらず、回答者からは「ビジネスマナーの意味を理解すれば、当たり前なことだと分かるはず」という意見が大勢を占めています。

   中には「自分が正しいと思うなら貫いてみればいい」「世間がそれをどう思うだろうか」という声のほか、「ご両親のおっしゃっている『はじかれる』というのは、あながち間違いではありません」とまで言う人もいます。ちょっと怖いですね。

   しかし質問者さんの言い分は、小さな形式的な違いを取り上げて「この人は失礼な人」と判断し、本人の知らないところで「はじく」行為が息苦しいということのような気がします。人間関係を円滑にするはずの「マナーの常識」も、諸刃の剣です。

   結局、解決策は示されませんでしたが、「行き」と「御中」以外に、両方の意味で使える言葉を新しく決めれば、マナーと効率を両立できるのではないでしょうか。何かいい言葉はないものですかね。