9月18日、「インディジャパン ザ ファイナル」がツインリンクもてぎ(栃木県茂木町)で行なわれた。アメリカンフォーミュラレースの最高峰であるインディカー・シリーズ、最後の日本開催だ。

 1998年の初開催以来、日本で唯一の楕円形のオーバルコースが舞台だったインディジャパン。しかし、先の東日本大震災でオーバルの路面がひび割れや隆起などで損傷。今年のインディは全日本選手権のフォーミュラ・ニッポン(FN)やスーパーGTが使用するロードコースでの開催となった。

 オーバルでは最高時速300キロオーバーでコーナーを駆け抜けるインディカーだが、ロードではFNより一周当たり約3、4秒も遅い上に、醍醐味であるスリリングな追い抜きもほとんど見られず、単調なレースとなってしまった。

 また、シーズン中盤に日本人初のポールポジション(PP)を獲得するなど、ファンの期待を一身に集めた佐藤琢磨も「不完全燃焼のレース」(本人談)で10位に終わる。結局、最後のインディを制したのはPPからスタートしたスコット・ディクソンだった。

 こうして5万5000人のファンが見守るなか、インディジャパンの14年間にわたる歴史に幕を下ろした。インディジャパンの終焉は、もはやレーシングカーで純粋にスピードを競うというフォーマットが、日本のファンや自動車メーカーにとっても受け入れられなくなっている現状をあらためて浮き彫りにしたといっていい。

 97年、ホンダが大枚をはたいてオーバルを備えたツインリンクもてぎを建設し、CART(チャンプカー)やIRL(インディカー)を誘致。「最高時速350キロ以上!」「F1をしのぐ超高速バトル」というキャッチフレーズで、インディジャパンは日本に初上陸した。当時、ホンダとトヨタは激しいエンジン開発競争を繰り広げ、コース内では両メーカーのサポートを受ける日本人ドライバーがこぞって参戦。自動車メーカーにとって、そこで勝つことが技術力の高さをアピールする絶好の場となるはずだった……。

 しかし、思うように宣伝効果があがらない上、観客動員も伸び悩み、イベント自体は毎年赤字。ついには今年限りとなってしまったが、インディジャパンが日本にもたらした功績は少なからずある。

 例えば、インディカーなどのアメリカンレースはドライバーとファンの距離が非常に近い。イベント期間中にドライバーが気軽に写真撮影やサインに応じる場面をよく見かける。今では日本のサーキットやF1でさえも、そうした光景は当たり前だが、これはアメリカンモータースポーツから学んだものだ。ほかにも、セーフティカー(ペースカー)を取り入れてレースを最後まで面白く演出することなど、数えればきりがない。

 だが、FNやスーパーGTは、いつ途切れるともしれない自動車メーカー(トヨタ、ホンダ、ニッサン)の支援で続いているのが現状。10月7〜9日に鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)で開催されるF1日本GPも、今や小林可夢偉頼みという心細い状態になっている。つまり、辛うじてつながっている細い線がプッツリと切れれば、日本から主要レースがすべて消えてしまう危機的な状況にあるのだ。

 だからこそ、最後のインディジャパンが、日本のモータースポーツの未来を真剣に考える契機になってほしいと切に願う。そして、レースの運営団体、メーカー、ドライバーなどが一丸となって、新しい方向性やビジョンを提示し、行動に移してほしい。おそらく残された時間はそれほど長くないのだから……。

(取材・文/川原田 剛)

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