なぜヒトはボケるのか〜後編

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今回は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。
■なぜヒトはボケるのか〜後編
※前編は http://getnews.jp/archives/144130 からごらんいただけます。

死ぬまでボケない脳が夢ではないと期待させてくれるもうひとつの論文は、『Nature』誌9月1日号に掲載されました*1。米スタンフォード大学のTony Wyss-Coray氏率いる研究チームが、老化に伴う脳の機能低下の原因と考えられる血中タンパク質を同定したというのです。

*1:「The ageing systemic milieu negatively regulates neurogenesis and cognitive function」『nature』
http://www.nature.com/nature/journal/v477/n7362/full/nature10357.html

新しい神経は子どもの時だけしか作られない、などと以前は言われていましたが、現在では成人の脳でも2か所で、若い頃には及ばないものの、新しい神経が日々作られていることが知られています。これらの場所は、共に脳血管のすぐ近くにあることから、血液を通して外界の影響を受け、またそれにより制御されている可能性が指摘されていました。

そこでWyss-Coray氏らは、考えました。子どもマウスと成人マウスの血液を入れ替えたらどうなるのかと。並体結合と呼ばれる手術により、子どもマウスと成人マウスは、互いの血液を共有できるようになります。つまり、子どもマウスの脳は、成人マウスが作る血液にさらされるようになり、一方、成人マウスの脳は、子どもマウスが作る血液にさらされるようになるというわけです。すると、5週間後驚くべきことが起こったのです。

成人でも新しい神経が作られる2か所のうちのひとつ、海馬歯状回という場所で、5週間に新しく作られた神経の数を数えたところ、子どもマウス同士の並体結合では、通常2万個ほど観察される新しい神経が、子どもマウスを成人マウスと結合させると1/4ほどその数が少なくなり、1万5千個ほどに減少したのです。逆に、成人同士の結合では、通常400個ほどしか観察されない新しい神経が、成人マウスを子どもマウスと結合させると倍以上の1000個近くまで増えたのです。

この結果は、成人マウスの血液中には、子どもマウスの神経新生を抑制する何らかの因子(脳の老化因子)が、また驚くべきことに、子どもマウスの血液中には、成人マウスの神経新生を促進する何らかの因子(脳の若返り因子)が存在することを示しています。そこで、Wyss-Coray氏らは、これらの因子が何なのかさらに調べたところ、CCL11と呼ばれるタンパク質が、脳の老化因子であることを突き止めました。

このタンパク質を腹腔内に注射された子どもマウスでは、新しい神経の分化が抑制されたばかりか、実際の記憶行動試験の成績も低下したのです。この老化因子の作用を抑制する薬が開発されれば、ボケ防止につながると期待されます。一方で、今回の研究結果のもうひとつの重要なポイントは、脳が必ずしも一方的に老いるばかりではなく、子どもの血液中に存在する何らかの因子があれば、若返る可能性をも持っているということが示された点です。Wyss-Coray氏らは、現在この脳の若返り因子についても同様に研究を進めているといいます。

どうでしたか。脳は決して、いつかはボケる運命などではないでしょ。適切な環境さえ整えてあげれば、いつまでもちゃんと動いてくれる頼もしい臓器なのです。あとは、その適切な環境とやらの全貌がいつ頃明らかになるのかということだけですね。私がボケ始める前に間に合ってくれるとうれしいのですが……。

追記:後編をUPする直前に、今回のテーマに関連してまたひとつ新しい論文(Journal of Neuroscience, 2011; 31 (30): 10937 DOI: 10.1523/JNEUROSCI.5302-10.2011*2)が発表されたようです。米・アルバータ大学のChristian Beaulieu氏は、博士課程の学生Catherine Lebel氏とともに、5歳から32歳までの健康な103人の脳をMRIでスキャンし、実際青年期を過ぎてもなお、前頭葉への神経接続が増加していることを発見しました。脳は基本的には成長し続ける臓器のようです。あとはそれを妨げる因子をひとつひとつ除いていけば、きっと誰もが死ぬまでボケない脳を手にすることができるかもしれませんね。

*2:「Longitudinal Development of Human Brain Wiring Continues from Childhood into Adulthood」『The Journal of Neurosience』
http://www.jneurosci.org/content/31/30/10937

執筆: この記事は神無久さんのブログ『サイエンスあれこれ』からご寄稿いただきました。