幻の神田鎌倉町、神田旭町をさがせ!(旧町名さがしレポート)

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東京23区において旧町名の生存率が最も低く、旧町名の発見が難しい千代田区。そんな千代田区の中でも最難関地域といわれているのが「神田鎌倉町」「神田旭町」を擁する「内神田2丁目」である。特に神田鎌倉町は、未だ1度も発見されていない幻の旧町名と呼ばれ、過去に幾人もの挑戦者が涙を飲んでいるとかいないとか。それでもなお発見しようとする者が後を絶えず、今や社会現象となっている。まさにいざ鎌倉ここに極まる。
その神田鎌倉町に魅せられた者たちが今日も東京に集結する。今回は、先日平成23年9月24日に行われた神田鎌倉町さがしの模様をレポートする。これは旧町名に命を賭けた兵共の闘いの記録であるッッ!

【午前9時40分】集合
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9月24日土曜日、都内某東京駅丸の内。快晴の空の下、幻の旧町名・神田鎌倉町を発見するべく全国から1名が集まった。
開会の挨拶、主催者代表挨拶に続き、旧町名血の掟20の斉唱、保険証チェックが滞りなく行われた。なお、東京駅が改装中のため恒例の記念撮影は中止となったことを付け足しておく。

【午前9時45分】出発
早速現地へ向かう。やっぱり都内は折り畳み自転車が快適よね。

【午前9時55分】鎌倉橋
3今回の旧神田鎌倉町が眠る内神田エリア目前で鎌倉町の足跡「鎌倉橋」に遭遇した。この橋は関東大震災の復興事業の一環として1929年に架けられものである。橋の上を高速道路が通るという何ともアバンギャルドな光景だ。これが東京の日常である。

【午前10時00分】神田鎌倉町さがし開始
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鎌倉橋リサイクルセンターを皮切りに、ついに神田鎌倉町さがしの火蓋が切って落とされた。参加者は思いも思いのスタイルで神田鎌倉町を探し求めた。
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さて、ここで神田鎌倉町について紹介する。
【旧町名】千代田区神田鎌倉町
【現町名】千代田区内神田
【消滅年】1966(昭和41)年
【旧町名由来】(千代田区町名由来表示板より)徳川家康の江戸城入城後、この辺りの河岸が相模の国から木材石材が運び込まれ、鎌倉から来た材木商が築城のための建築部材を取り仕切っていた。そのため荷揚げ場が「鎌倉河岸」と呼ばれ、それに隣接する町として「鎌倉町」となった。


【午前10時20分】断念
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今回も、神田鎌倉町を発見することは出来なかった。確かに旧町名由来表示板にも町内会倉庫にもリサイクルセンターにも残っている。しかし表札には残っていない。表札は神田鎌倉町であった当時を知る唯一の手がかりであり、いわば史跡である。この史跡を発見することで江戸を、東京を、感じることができるのである。これがまさに旧町名さがしの醍醐味といえよう。その恍惚を味わえない現実を目の当たりにした参加者に絶望が漂う。そのとき、

「まだ神田旭町が残っている」参加者の一人が呟いた。

「あるはずがない」「神田鎌倉町の二の舞だ」「それよりも朝食食べようぜ」
様々な意見が交錯する中、思い思いの感情を胸に一同は重い足取りで神田旭町さがしに向かった。


そして、奇跡は9分後に起きた

【午前10時29分】神田旭町発見ッッ!
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ある古いビルの入り口に、ビル名とともに佇んでいた。なんという堂々たる佇まい。フォントからもその威厳と風格を感じられる。至福のひと時である。参加者は思い思いのスタイルで神田旭町を味わっていた。

さて、ここで神田旭町について説明する。
【旧町名】千代田区神田旭町
【現町名】千代田区内神田
【消滅年】1966(昭和41)年
【旧町名由来】かつてこのあたりに屋敷を構えていた秋田藩佐竹氏の家紋「扇に日の丸」にちなむ。


【まとめ】千代田区は旧町名が残っていない。その事実に変わりはないが、今回の旧町名さがしで我々は一つ大きな確信を得た。
「千代田区は古いビル」皆さんも千代田区で旧町名をさがす際には、まず古いビルをさがしてみましょう。




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