『千日の瑠璃』3日目——私は棺だ。(丸山健二小説連載)

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私は棺だ。

並のサイズで並の値段の、幸福な生涯を全うした者にこそふさわしい、白木の棺だ。私としては淡水と小鳥の匂いに満ちたその屍を熱誠をこめて歓迎したのだが、しかし、小高い片丘のてっぺんにある一軒家に集まった人々は、さほどではなかった。かれらは硬質の小石を使って私の蓋を無造作に打ちつけるとさっさと階下へ降りて行き、三六〇度の展望に満足しながら飲み食いし、麓で待つ霊枢車のところへ死者を運ぶ体力を蓄え始めた。

ひとり仏間に残された少年は、出血をとめようとして、指先をべろべろ舐めていた。意志に反して突風に煽られた立木のようにぐらぐらと動くそんな体で、釘の頭に小石を命中させようというのがどだい無茶だったのだ。ほどなく少年ははたと思いつき、ジャンパーのポケットから取り出した小鳥を、私の上に静かに置いた。餌はおろか水さえも受けつけないそいつは、もうほとんど死にかけていた。ところがどうだ、鳥は少年が近づけた人差し指から滲む赤いものをすすり出したではないか。

そして、まだ頼りない嘴の端からこぼれ落ちた血の一滴が、私の表に小さな染みを作った。だが、葬儀に支障を来すほどのものではなかった。少年は気づかなかったが、その染みはうたかた湖の形をしていた。私はそれをよしとし、望み通りともいえる最期を迎えられた死者もまた、それをよしとした。
(10・3・月)

丸山健二×ガジェット通信