『千日の瑠璃』2日目——私は闇だ。(丸山健二小説連載)

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私は闇だ。

山と湖、そして静寂と倦怠の田舎町、まほろ町を、一喜一憂と共にすっぽりと覆う、いつもながらの闇だ。私は天体の取るに足りない輝きや倦きもせずに岸辺を洗うさざ波と力を合せて、釣り用の華奢な椅子に腰をおろしたままジャックナイフのようにふたつ折りになっている骸を、優しく包みこむ。呪わしい夜明けがすぐそこまで迫ったとき、麻痩している脳のせいで勝手に踊ってしまう肉体を持ち、その半ば哀しく半ばふざけた動作で以て昼は光を、夜は私を攪拌し、地上のいたるところに楕円銀河にも似た渦を作り出す少年世一が、松林のなかからぬっと現われる。

世一が普通ではない祖父を発見して素頓狂な声を張りあげると、死体に潜りこんで自ら命を守った幼鳥が、応えるように鳴く。「ちっ、ちっ」と鳴きながら、そいつはそら豆のような形の頭を世間へ向って突き出す。両者の眼と眼が合った途端、鳥は鳥であることを忘れ、少年は人であることを忘れ、おまけに祖父のことまで忘れてしまう。世一は息も絶え絶えの小鳥をそっとつかんでぼろぼろのマフラーにくるみ、泥酔者よりも不様な、しかし決して倒れない不思議な足どりで、きた道を引き返して行く。

孤独な限りの死者はそのとき、務めを果たしたかのようにどっと横倒しになり、釣り竿をぽっきりと折り、私といっしょに昧爽に呑みこまれ、黄金色にどろどろに溶かされる。
(10・2・日)

丸山健二×ガジェット通信