前回芥川賞を落選しながら、選考委員の評価が極端に分かれたことで注目を集めた円城塔の中編「これはペンです」が、一種の姉妹編にあたる「良い夜を待っている」を加え、新潮社から単行本化された。

"叔父は文字だ。文字通り。 だからわたしは、叔父を記すための道具を探さなければならない"という書き出しで始まる「これはペンです」は、世界のあちこちからときどき妙な手紙を送ってくる変わり者の叔父について、大学生の姪があれこれ語る小説。

 著者の円城塔は、1972年、札幌生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了。2006年、『Self-Reference ENGINE』で(伊藤計劃『虐殺器官』とともに)第7回小松左京賞最終候補に残り、この作品が翌年、大幅な改稿を経て早川書房から刊行されて長編デビュー(のち、日本SF大賞候補)。その直前には、「オブ・ザ・ベースボール」で第104回文學界新人賞を受賞し(のち、第137回芥川賞候補)、以後、SF系の媒体と純文学系の媒体をまたにかけて活躍している(経歴の詳細は、〈WEB本の雑誌〉のインタビュー「作家の読書道 第101回」参照)。

 円城塔「これはペンです」(〈新潮〉2011年1月号初出)が候補作に選ばれた前回芥川賞(第145回/2011年上半期)の結果は"受賞作なし"。大森予想はみごとにはずれる結果になったわけですが、候補作6作の中で、選考委員の評価が真っ二つに割れたのが「これはペンです」だった。
 どのぐらい割れたのか、〈文藝春秋〉9月号掲載の選評を紹介しよう。

 池澤夏樹は、他の候補作にはまったく触れず、すべての紙幅を使って「これはペンです」の内容を細かく分析し、
「十五年続けた選考委員を今回で辞する。最後にこういう作品に出会えたことを嬉しく思う」と締めくくる。そのほかにも、
「私にとって最も切実な問題をはらんでいたのは、『これはペンです』だった」(小川洋子)
「各パラグラフにちりばめられたヒューモアには幾度となく微笑を誘われたので、二重丸をつけた」(島田雅彦)
 などと賞賛の声が並ぶ一方、否定の声も強烈で、
「文章を使ったパズルゲイムに読者として付き合う余裕はどこにもない」(石原慎太郎)
「書き出しのたった十ページを読んだだけで眠くなり、全篇読了は難行苦行だった。要するに、つまらなかったのだ」(宮本輝)
「小説的な感興は何も残らなかった」(髙樹のぶ子)
 ......という具合。
 その他、消極的推薦が川上弘美(「好きなタイプなので、強く推したかった。でも、少し足りなかった」)と山田詠美(「極めてシンプルなユーモアで組み立てられた物語」)、消極的否定が黒井千次(「コンピューターの働きを土台にした作品の世界にうまくはいることが出来なかった」)。

 小説なんだから、読者が10人いれば10の読み方があるのは当然ですが、プロの間でここまで大きく意見が食い違う作品も珍しい。

 一方、同じく選考委員の村上龍は、選考会直後の動画インタビュー、RVR (Ryu's Video Report)で、
「僕は、DNAに関する作中の記述が不正確だと批判しました。こういう実験的な作品ではディテールで間違うと致命的だ」
 などと発言して論議を呼んだが(kikulog「村上龍氏は何を不正確だと思ったのか」など参照)、選評では、「これはペンです」について(具体的には)一切言及していない。

 いったい誰の読み方が正しいのか。単行本化された機会に、われと思わん人はぜひ自分の目でたしかめてみてください。

 なお、単行本『これはペンです』に併録された「良い夜を持っている」(〈新潮〉2011年9月号初出)は、超人的な"記憶の人"だった亡き父親のことを息子が語る家族小説。次の芥川賞候補になるかどうかは知りませんが、(私見では)こちらも傑作。

(大森望)







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