落合監督の解任が発表されたようである。


首位攻防の対ヤクルト4連戦、初戦を逆転で勝利して心躍るべき所、それを一気に掻き消すようなショッキングな出来事であり、今はただ悲しみにくれるばかりである。来年はもう落合監督が指揮するドラゴンズの試合をYahooの一球速報で観戦することができないと思うと、ラストゲームまで1戦1戦が貴重であるため、大切にしていきたい。


今はこの8年間にあった出来事が走馬灯のように心に蘇っては消えている。喜び、悲しみ、歓喜、慙愧等多くの感情を抱きながら落合監督と共に歩んだこの8年間であった。解任発表となった今日、落合監督への想いを遺しておきたい。



「ありがとう 落合監督」


多くの中日ファンが勝つことの喜びを享受し、論理的であることの爽快さを覚え、またフェアであることの清清しさに感動したことと思う。感謝の一言である。

他の監督が采配をしていた時と比べ、確かにこの8年間は勝ちまくった。勝負事は勝ってこそ面白く、その点でも感謝しているが、特筆すべきは采配そのものであった。深い考えに基く起用は見ていて楽しく、また監督の思考についての想像をかきたてられた。試合そのものが見られない環境下において、これほどまでに野球が楽しめるのは落合監督の深い洞察力があってこそだったのかもしれない。もはやこれは野球という枠組みを越え、学術的な興味深さであると断言して差し支えないだろう。

一方、観客動員が伸びなかった事が解任理由の一つだったとのことである。それは監督の問題ではなく、球団の問題である。良くも悪くも注目を浴びる全国区の落合監督と毎期優勝争いをするチーム、このような強力なコンテンツを抱えながらこれを観客動員に繋げられないのはマーケティングの問題と言わざるを得ない。落合監督はマーケティングのプロではなく、また責任者でもない。しかし球団は自身のマーケティング力の問題解決を、今度は高木守道という個人に委ねた。これも1つの選択であり、意思決定自体については否定しないが、落合監督に問題があったわけではないという点については強調しておきたい。



「さようなら 落合監督」


もう来期からは落合博満氏は中日の監督ではなくなる。中日ファンとして、この偉大な落合博満氏は「我々中日ドラゴンズの」落合監督であり、大きな誇りだった。来年からは「みんなの」落合博満氏になり、もしかしたらいつかは「読売ジャイアンツの」落合博満になってしまったりする日が来るかもしれない。

球界の至宝と言われる落合博満氏、一時期中日でプレーした事があったとはいえ、8年間もの間中日ファンだけで1人占めしていたのは至福であったが、それももうあと僅かである。

別れの時が迫っている。お金はいつか使えなくなることが決まったらその時点で価値を失うと言う。落合監督を失うことが決まった今、残りの試合に対して今まで同じ気持ちで応援することは難しい。勝っても負けても寂しさが先に来てしまう。しかし8年間の感謝の気持ちとして、ここで落合監督の有終の美を飾ることが、お世話になった選手達にとっては唯一できる恩返しなのかもしれない。今までは、「落合監督、チームを勝たせ欲しい」という思いだったが、これからは、「落合監督のために勝って欲しい」という思考で見ていきたい。

しかし最後の日まであと僅かである。さよならを言わなくてはならない。




そして最後に


「私はあなたの事が好きです」


実生活では決して使うことのない台詞であったが、感謝の言葉も惜別の言葉も今の気持ちを表すのに十分ではない。賛辞を並べることも、寧ろおこがましいのかもしれない。間違いの無い真実は好きであるということだけである。




落合監督の思い出がとめどなく溢れて出てくるが、忘れてしまわないようにどこかで総括してみたい。今は第一報を受け、ただただ動揺するばかりである。