「住職接近」のありがたさ

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先週に引き続き、まだ京都の繁華街にいる。河原町の西、新京極通の入り口に、お店の軒先をくぐって境内に入る寺がある。写真の林万昌堂は、甘栗で有名なお菓子屋さんだが、店の右手奥にお寺があるのだ。提灯が見えている。軒をくぐると、お店の人はお客さんだと思って「いらっしゃいませ」と愛想を振りまくが、そのまま奥に素通りするとさりげなく身を引く。そういう決まりになっているようだ。


お寺の名は染殿院(時宗)。弘法大師空海が建立したといわれる。本尊は50年に一度だけ開帳(公開)されるという由緒あるお寺だ。もともとこの周辺はこの寺の境内だったのだが、次第に周辺が繁華になって奥へ引っ込んだ。林万昌堂もあとからこの地に店を出したのだ。だから、寺標の石碑は林万昌堂が寄進している。



このお寺は、安産祈願の寺として名高い。今も腹帯をもらいにくる妊婦がたくさんいる。なお、新京極通に面した側には、小さな参道も設けられている。手を合わす人も多いが、一見、ふつうのお店に向かって拝んでいるように見える。



少し前、不動産広告で都市のマンションの売り文句に「職住接近」というのがあったが、お寺がこんなに近くにあるのはさしずめ「住職接近」。ありがたいことである。

西に歩くと、錦市場に。全国各地に有名な市場はあるが、錦市場ほど綺麗な市場は少ない。道幅は狭く、店も小さいのだが、通りをあえて薄暗くして、店頭に商品に光を当てているから、とりわけ商品が映える。また、陳列の仕方も丁寧だ。ここらも京都品質だと思う。






さて、この錦小路を北に曲がると京都の町家が居並ぶ通りになる。昔はごく地味で控え目な町だったが、最近は「町家再生」とかで小じゃれた店が並ぶようになった。少し気恥ずかしい。京都では有名なイノダコーヒーの瀟洒な町家の道向かいに、こんなお寺がある。



光浄寺(真宗大谷派)。蔵のように白い漆喰壁の小さなお寺。でも、日常の町中にあって控え目ながらも、ちゃんと「お寺」であることを主張している。扉が外に向かって大きく開かれているのは、町の人々を受け入れようというご住職の意気込みなのだろう。格子窓がいい味を出している。10年前から何度かこの寺を撮影したが、そのたたずまいは変わらない。
京都の町家は、間口が狭くとも奥行きが深いものだが、このお寺も奥には坪庭がありそうだ。


こういうお寺で、ご本尊を前に、扇子で絽の着物の袂に風を送りながら、

「ところであんたのお父さん、亡くなって何年になるかいな?」
「そうどすなあ、亡くならはって、もう七年どすなあ」

みたいな京都人の会話が交わされているのだろうと思う。
それだけで、名画の趣がある。京都は深いなと思いますね。


写真と文/広尾晃「地味寺」アーカイブ運営







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