オイラは『トミカ』 トミーの『トミカ』

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先日、倉庫の棚卸の手伝いをしに行った無職時々派遣社員の僕ですが、その時倉庫に積まれていた製品の大半はタカラトミー社の玩具でした。

製品は基本的に段ボールの中に納められていましたが、箱に入らない端数分は店頭に並ぶ際のパッケージのままで置かれていました。タカラトミーの製品を多く扱っているだけあって、誰でも知ってるあの『トミカ』や『プラレール』が大量にゴロゴロしていました。まるで車庫ではありませんか。
倉庫内での単純作業でメンタル面がぜい弱になっていた僕は、幼いころに遊んでは壊し遊んでは壊していたことを思い出して、「ああ、もっと大切に扱ってあげればよかった」と、何だか少しノスタルジアに浸ってしまいました。

そんな山と積まれた『トミカ』の中に、プリウスやらヴィッツやら一般乗用車のトミカを随分たくさん見掛けました。がしかし、スポーツカーの類はほとんど見掛けませんでした。『ポケモンカー』や『機関車トーマス』と愉快な仲間たち、ユンボやコンバインやトラクター、さらには工事系の特殊車両ですらあるのに。アスファルトフィニッシャなんて、一体誰が買うのでしょうか(荒廃した世界で、トゲトゲした革ジャンを着たモヒカンが乗っていそうな車両でした)。

僕の脳内に残る“おとこのこ”の感覚としては、一般車の『トミカ』なんてもらったって少しもうれしくありません。
「ほーら、大人気のワゴンRだよー」とか「プリウスだよー、地球に優しいねー」とか「ぼく、ヴォクシィー(大山のぶ代ボイス)」とか言われても、「いいからもっと格好いい車をよこせ。アスラーダはどこだ! マッハ号出せ!」と思います。

もしかしたら、この“一般乗用車トミカの氾濫”には、自動車業界の陰謀が潜んでいるのではないでしょうか。

つまり、幼い頃から一般乗用車の『トミカ』を与えて慣れ親しませておき、抵抗なく車を買わせると言う先を見すえた策略なのです。幼いころから触れていて見慣れた車ならば、さらに思い入れのある車ならば、きっとサクサク買ってしまいます。そう、まるで『トミカ』を買うかのごとく。

そしてもう一つ。『トミカ』を与えられた子どもは「パパ−。パパのお車も、ぼくとおそろいが、いいな!」と、お父さんに迫ること必至。
そう言われたお父さん。普段は仕事ばかりで子どものことも構ってあげられない。たまの子どものわがままくらいは、聞いてあげたい。それがせめてもの家族サービス。それがせめてもの息子へ見せる父の背中。そして思わず「よーし、じゃあ、パパ買っちゃおうかなー!」と、週末はお近くのディーラーへ。

さらにもう一つ。逆に子どもも「ぼくも、パパの車とおそろいのが、ほしい!」と、『トミカ』を欲しがること必然。
そう言われたお父さん。普段は仕事ばかりで子どものことも構ってあげられない。たまの子どものわがままくらいは、聞いてあげたい。それがせめてもの免罪符。それがせめてもの父親からの贈り物。そして思わず「よーし、じゃあ、何でも買っちゃうぞー!」と、週末はお近くのオモチャ売り場へ。

それでもやはり、男はスポーツカーに胸をときめかせるはずです。あの丸みを帯びた、流線型のボディに。
――そう、おっぱいと同じ、丸みを帯びたボディ。おっぱいが嫌いな男はいないように、スポーツカーが嫌いな男はいないのです。おっぱーい!

※この記事はガジェ通ウェブライターの「マユゾノ」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
眉毛が濃いめの25歳。6年半の社畜生活を経て、ガイドブック片手に東南アジアと中米に行ってオドオドして帰って来たインドア派のチキン。特技はフジロックでの独りキャンプ。週に一度、潰れそうな映画館でドクターペッパーを飲みながら鑑賞する優雅な無職時々派遣。