編集者として次々とヒット作を生み出す幻冬舎、見城氏。小説家を目指していた彼が味わった挫折感が、編集者として生きていくことを決心させた

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 親父は小糸製作所っていう静岡で一番大きな工場に勤めてたんだけど、毎晩、酔っ払って正体をなくしちゃうような人でさ。近所の飲み屋で倒れてしょんべん垂れ流してるのを、母親と一緒に迎えに行くわけ。300世帯が同じ生活してるような巨大な社宅だったから、みんなに知れ渡ってるんだよね、ウチの事情。もう、いたたまれなくて……。

 おまけに、小学校の頃、自分は世界で一番醜いって思い込んでてさ。とにかく劣等感の塊だったわけ。友達もいなかったし、唯一逃げ込める場所が本の世界だった。毎週、『少年サンデー』と『少年マガジン』が最大の楽しみで、『少年少女世界文学全集』なんかもひとり夢中になって読んでたな。

 でも、今考えれば、劣等感とか嫉妬心とか、独占欲とか猜疑心とか、いろんな負の感情があると思うんだけど、幼い頃に自分のネガティブな内面を見つめたことは、今の編集という仕事で確実に役立ってる。相手の心に繊細に分け入り、創作の意欲を刺激する言葉を投げかけるのが仕事なわけだから。


■すべては極端から生まれる

 大学に入る頃には、自分でも小説を書いてたし、いずれはそれを生業にするしかないなと思ってた。結局、学生運動に挫折して、社会を呪いながら、実用書を中心に作る廣済堂出版っていう会社に入るんだけどさ。ある種のモラトリアムだよね。

 幻の作品があるの。俺の性癖やコンプレックスを主人公に託して、セックスをテーマに書いた恋愛小説っていうか、変態小説。『8月はオレンジを噛む』っていうタイトルで、120枚くらい書いたかな。われながらうまいと思った。でも、書いているうちに気づいた。自分だけの世界を描いてるつもりだったけど、小手先の小説だって。

 ちょうどその頃、中上健次や高橋三千綱、つかこうへいに出会っちゃうわけ。彼らと毎晩飲み明かしてると、自分との決定的な差を突きつけられるんだよ。特に中上には打ちのめされた。路地(編集部注・被差別部落を指す)に生まれ、姉は出奔(しゅっぽん)、もうひとりの姉は狂死。兄弟にしても、ひとりはヤクザの抗争で獄中にいて、もうひとりは首吊り自殺。例えば、そんな世界。中上には、書かない限り生きていけない絶対的な世界があった。でも、俺にはない。極端に縛られている者が豊穣な物語を紡ぎ出すんだよ。文学もビジネスも、すべては極端から生まれる。

 だったら俺は文芸編集者として彼らをプロデュースし、流通させる方向に進もうと考えた。贋物(にせもの)なんですよ、俺は。彼らは本物。その代わり日本一の贋物になると誓って、角川書店にバイトから入り直したわけ。

 贋物が本物を刺激するには、圧倒的努力が必要だよね。俺は人が寝てるときに寝ないで、暗誦(あんしょう)できるくらい小説を読み込んだし、全曲通して歌えるほどアルバムを聴き込んだ。そのうえで、対象を読み解くときに、何を突破口に切開すれば全体を敷衍(ふえん)するような批評にたどり着けるか……それを徹底的に考えた。

 例えばユーミン(松任谷由実)は、『卒業写真』の歌詞にしてもそうだけど、全曲、時が過ぎて人が変わっていくことの切なさと甘酸っぱさを描いてるわけ。それを、何度もコンサートに通い、手紙を書いたり、夜中の長電話で雑談しながら作品論にも分け入っていく。その結果が、創作の秘密を明かした『ルージュの伝言」っていう、彼女の唯一の自伝につながっていったんだよ。


■成功と失敗なんて死ぬ瞬間にしかない

 圧倒的努力を支えるのは、肉体性だと思う。体を鍛えてないと精神は研ぎ澄まされない。精神がクリアな状態じゃないのに、誰かの心を刺激するような言葉を紡げるわけがない。だから、強迫観念に駆られるように鍛える。30代までは、毎日2時間、130kgのベンチプレスを上げていたし、今だって一日40分、週に6日は走っている。