「英雄視に値する人間など絶対に存在しない」――丸山健二の「怒れ、ニッポン!」第6回

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※撮影・丸山健二

■怒れ、ニッポン!

要は、理不尽な金にころぶか、ころばないかにある。そのことひとつで、人間であるか、人間でないかが決まる。裏の見返りに期待した飴玉を差し出されたとき、それを拒否できるかどうかに人生の成否のすべてがかかっているのだ。受け取ったらそこでおしまい。あとはもう正義を口にする資格がない。

ひとたび独裁者とその国家を成立させてしまうと、これを抹殺し、崩壊させるにはかなりの犠牲を伴う。問題は初期段階において彼のような人物を英雄として崇めてしまったことにあるのだが、この大きなミスが後々まで祟るのだ。英雄視に値する人間など絶対に存在しないことを肝に銘じておくべきだ。

原発事故と称されていることは、事故ではなく、まさに犯罪であることを忘れてはならない。それも凶悪な、国家的な、いや、世界的な大犯罪なのだ。だから、裁かれなければならない。A級戦犯に値する者は大勢いるのに、かれらは今のところ見え透いた謝罪と低姿勢のみで大罪を免れようとしている。

その器にはほど遠い者が、入れかわり立ちかわり首相の地位に就いたところで得られる結果は同じこと。立派過ぎるお題目とそれらしい芝居をしてみせるだけでその重大な職務を何とか果たせたのは、もはや遠い昔のこと。今ではもうまだ何も始めないうちからたちまち化けの皮がすぐに剥がれてしまう。

この先何十年ものあいだ住めないとわかっている土地について、場合によってはその限りではないといったニュアンスの、気を持たせるような言い方を政府がやめないのはなぜか。その土地を買い上げるために必要な莫大な金が心配なのか。それとも、日本の未来など知ったことではないと思っているのか。

次なる大震災に備えて、大都市の分散を早急に実施しなければ大変なことになってしまう。まずはそこに存在する必要性がほとんどないような企業や大学などから地方へ移転すべきだ。まあ、都市依存型の暮らしが人生に及ぼす肉体的精神的な悪影響についても、個人個人がもっと真剣に考慮すべきだろう。

人々に充分認識され、理解されているかどうかは別にして、国家の時代は、その中身においてすでに終焉を迎えつつあるのかもしれない。いや、すでにして無意識のなかではしっかりとピリオドが打たれているのかもしれない。国家が国家でありつづけることによってもたらされた罪と悪の何と多いことか。

(つづく)
丸山健二氏プロフィール1943 年 12 月 23 日生まれ。小説家。長野県飯山市出身。1966 年「夏の流れ」で第 56 回芥川賞受賞。このときの芥川賞受賞の最年少記録は2004年の綿矢りさ氏受賞まで破られなかった。受賞後長野県へ移住。以降数々の作品が賞の候補作とな るが辞退。「孤高の作家」とも呼ばれる。作品執筆の傍ら、350坪の庭の作庭に一人で励む。Twitter:@maruyamakenji

※原稿は丸山健二氏によるツイートより

※この記事は「丸山健二×ガジェ通」編集担当の「宇佐美」が編集しました。