仕事で毎日のように車に乗っていれば、車体に擦り傷のひとつやふたつは誰でも作ってしまうものだろう。始末書を書かされるたび、「車の運転の必要がない内勤社員はうらやましい」と不満に思う人もいるに違いない。

   ある会社では、優良ドライバーの営業マンが自損事故を起こしたことをきっかけに、人事担当者が会社の処分のあり方について頭を悩ませている。

「こっちは仕事で乗ってるのに」と反論

――飲食チェーンの人事です。先日、営業のAさんが社用の営業車で自損事故を起こしてしまいました。ガードレールに擦り、片側のドア交換が必要になりました。

   営業社員には車に関する不始末をする者が少なくない中で、Aさんはこれまで交通違反もなく、事故も起こしたことがありません。

   珍しいなと思い、本人に聞いてみると「事故当時のことは、よく覚えていない」とのこと。前日に飲み歩いたということもなく、遅くまで仕事をしていたそうです。

   とりあえず不注意運転ということで、始末書を取ろうとしましたが、営業部長のBさんが

「悪いのはAだろ?全額弁償させるのが当たり前じゃないか!」

と口を挟んできました。

   考えてみると、これまでの処分もB部長の一存で決まっており、重さも人によってまちまち。B部長の大声を聞いたAさんは、人事部に来て、

「こっちは仕事で乗ってるんですよ。責任を全部部下に押し付けようだなんて、どうかしてる。それに今月は休日出勤が続いて、まだ1日も休んでないんだ。ホントやってられない。まったくやる気を削ぐことしか言わない部長だよね」

と憤慨しています。さらには、事故の影響でムチウチになって通院しているけど、医療費は会社が出すべきだ、そのうちまとめて請求するとまで言い出しました。

   B部長の放言のせいでAさんがヘソを曲げてしまったようなのですが、こういうときはどうすればいいのでしょうか――

社会保険労務士・野崎大輔の視点
よほど重い過失でなければ始末書程度が現実的

   社員が業務中に交通事故を起こした場合、会社は原則として社員の過失の程度に照らして損害賠償を求めることができます。しかし仕事の上でのアクシデントですし、通常の営業行為に伴うリスクがあるわけですから、現実的にはよほど重い過失でなければ社員に弁償を強いることはできないでしょう。一般的な自損事故であればけん責(始末書)程度で、極度の二日酔いによる居眠り運転が度重なるような場合などの重い過失であったとしても損害額の4分の1程度が限度と思われます。「給与からの天引き」は違法ですが、懲戒処分により一定期間の減給に代える会社もあるようです。

   社員が人身事故を起こせば、社用車であっても社員の自家用車であっても、会社のイメージダウンにもつながりかねません。会社は「車両管理規程」を作り、業務や通勤に自動車を使う基本的なルールを設け、処罰の基準を明確にするとともに、飲酒運転や過労運転を禁止する旨を明記しておくことなど予防策を講じることが欠かせません。

シニア産業カウンセラー・尾崎健一の視点
放任では会社が社員から訴えられるリスクもある

   勤務中の交通事故で社員がケガをしてしまった場合、パチンコや映画鑑賞など私的行為をしてサボっていた場合を除き、労災が認められる可能性があります。また、交通事故の原因が過労による居眠り運転だったような場合には、会社は社員に弁償を求めるどころか、逆に社員から「安全配慮義務」を怠ったとして損害賠償を請求されるおそれすらあります。

   今回、休日出勤が続いていたことや、事故当時の記憶がないことなどを鑑みると、疲労蓄積の可能性も十分あるといえるでしょう。過労自殺訴訟で会社の責任を認めたD社事件でも、自殺の前に危険運転があったそうです。交通事故が精神的・身体的不調のあらわれである可能性もあります。

   社員とのトラブルをこじらせないためにも、会社は処分を決定する前に、事故の状況と原因および本人の勤務状況と言い分をきちんと確認することが重要です。さらに管理職には、社有車での外出を許可制や届出制にしたり、体調不良の部下に運転させないよう徹底しておくべきです。



(本コラムについて)
臨床心理士の尾崎健一と、社会保険労務士の野崎大輔が、企業の人事部門の方々からよく受ける相談内容について、専門的見地を踏まえて回答を検討します。なお、毎回の相談事例は、特定の相談そのままの内容ではありませんので、ご了承ください。