「いくら嘆いてもいいが、しかし、諦めてはならない」――丸山健二の「怒れ、ニッポン!」第5回

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※小説家丸山健二氏よりご寄稿いただきました。トップ写真は丸山氏のご自宅の庭にて撮影させていただいたもの。

■怒れ、ニッポン!
 それにしても政治家どもの顔をテレビで観るにつけ、この程度の奴らによくもまあ国家を任せておけるものだとつくづく呆れ返ってしまう。どうひいき目に見ても、その器とはとても言いがたい。いや、平均的な知能指数にさえも達していないのではないかと疑いたくなる。選んだ奴はそれ以下なのか。

 役人がいつまでものさばって、やりたい放題の立場を守っていられるのは、ひとえに政治家が揃いも揃って馬鹿ばっかりということをよく承知しているからだ。役人どもに任せっぱなしにはしないと政治家が大見得を切ってみせても、かれらの馬鹿さ加減をつくづく知っている役人たちはあざ笑っている。

 役人には時間と金と悪知恵がたっぷりとある。税金で食べながら、定年までの長い歳月を注ぎ込み、どうすれば自分たちの思い通りになるかを、どうすれば甘い汁を少しでも余計に吸うことができるかをじっくりと考え、併せて定年後のぼろ儲けの道も切り開く。悪賢さの点においては政治家より数倍も上。

 放射性物質の拡散と蓄積が本格的に害をもたらすのは、五年後とか十年後とか言われているが、現在の責任ある関係者たちがそこまでしっかりと見据えて策を講じているとはとても思えない。今現在をどうにか切り抜けてしまえば、先々のことは後任がどうにかしてくれるだろうと、そう考えているのだ。

 感情のみに支えられた怒りは、悲しみと同様、持続の力に欠けている。かくして日本の怒りは沈静化へと向かっている。真っ当そうに思えた、せっかくの怒りも、結局は行き場をなくし、うやむやになり、何ひとつとしてまともな成果につながらないまま、この時を待っていた連中をひそかに喜ばせている。

 暴力団との関係が最も親密で緊密なのは、実は政治家や企業人であって、芸能人などその比ではない。かれらはこれまでその権力とその金力にものを言わせて、そういう反社会的な存在と称する連中を大いに利用し、活用してきたのだ。そして、陰でこっそりと、犯罪者をはるかに凌ぐ悪行を重ねてきた。

 いくら嘆いてもいいが、しかし、諦めてはならない。世の中なんてどうせこの程度だと決めつけてしまえば、その時点において、この国を私物化し、国民を奴隷化して、好き放題に美味い汁を吸いつづけている連中の勝利に加担したことになる。虐げられた被害者にしておめでたい加害者ということになる。


(つづく)


丸山健二氏プロフィール
1943 年 12 月 23 日生まれ。小説家。長野県飯山市出身。1966 年「夏の流れ」で第 56 回芥川賞受賞。このときの芥川賞受賞の最年少記録は2004年の綿矢りさ氏受賞まで破られなかった。受賞後長野県へ移住。以降数々の作品が賞の候補作となるが辞退。「孤高の作家」とも呼ばれる。作品執筆の傍ら、350坪の庭の作庭に一人で励む。
Twitter:@maruyamakenji


※原稿は丸山健二氏によるツイートより