日本一の古書店街を見守り続ける富士見坂

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そういえば学生のみなさんは夏休み。そして、お盆。
そんなダブルチャンスですいている時はめったにないということで、今回は学生の街でもあり古書の街でもある神田神保町(御茶ノ水)そばにある富士見坂を歩いてきました。記事18saka2写真1

いきなりの遠景写真ですが、こちらは富士見坂の坂下あたりの風景です。(写真1)
とにかくお盆の時期で学生も仕事の方々も夏休みということで人通りもかなり少なかったです。
おかげでこんなアングルからも撮影できました。
正面に雑居ビルにはさまれたゆるい勾配の小道が見えていますが、こちらが今回とりあげる富士見坂です。
また正面の大通りが靖国通りで、この背後が神田神保町の古書街ということになります。
くわしい場所は都営新宿線の神保町駅から徒歩5分もかからないところにあり、写真1の左側に明治大学のあの高層ビル校舎が大きく見えているとおり大学のすぐ隣といってもいい場所にある坂道です。

記事18saka3写真2

写真2はもうすこし坂を上り、坂下のほうを見たものです。
靖国通りのむこうにちらりとですが、古書街のお店も見えています。
それ以外はほぼふつうの道路といった感じでした。
そういえば、右側の工事中のビル、数年前までは1階が新しめの文具店+本屋さんだったんですけど、もうそれもなくなりビルごと建て替え工事をしていたのはちょっとびっくりだったかもです。

記事18saka4写真3

次はもうすこし坂を上り、坂の中間あたりから坂上のほうを眺めてみました。(写真3)
とにかく途中から飲食店が多く軒をならべ、そのあいまにアウトドアのお店や古本屋がならんでいるという具合で、御茶ノ水界隈に多く点在する古書・飲食・スポーツショップがすべてこの坂道上にあって、ある意味それらが凝縮されている場所でもあるのかもなあとちょっと思いました。
そしてここは繁華街ぽい雰囲気がにじみでてるんですけど、よくよく地図を眺めてみると、どうやら東西に走る靖国通り沿いにある古書店やら飲食店街がメトロ神保町駅側から東側へと続く中、靖国通りはすこし南東に向かってカーブし、この富士見坂が北東側に分岐する形になっていて、なんだか靖国通り沿いの商店の流れがそのまま富士見坂まで流れ込んできたという感じにとらえられそうなんですけど、どうでしょうかね。

なので、そういう視点でみてみれば、この富士見坂はメトロ神保町駅界隈の繁華街の一部ととらえることもできそうです。
ちなみに坂のむこうにみえているちょっとかわったつくりのビルがふたつ見えてますけど、こちらは知る人ぞしる有名建築でもあります。ただあまり突っ込んで話すのもなんですので詳しく知りたい方は、地図で建物名をメモして検索でもしてみてください。(それか僕の坂道ブログで紹介するまでお待ちください。)

記事18saka5写真4
そして坂上のほうまでやってきました。(写真4)

ここからだと飲食店などが多く並んでいる様子もわかりやすいかもですね。
あとはお店の看板なんかに囲まれてすごくわかりにくですけど、左側の歩道のあたりに坂名の由来が記された坂の碑があり、
『この坂を富士見坂といいます。『新撰東京名所図会』には「駿河台南甲賀町の内、袋町に通づる筋より南へ、猿楽町一丁目と小川町との間を下る坂、富士見坂と呼ぶ。風景賞すべきの地にはあらざるも、遠く富士を望むを得べし。富士見坂の名もこれに基しか」とかかれています。富士見坂という名の坂は、千代田区だけでも三ヶ所あります。富士見町と九段の間、紀尾井町と永田町二丁目の間にあります。』
とありました。
ただこの坂の碑には、富士見坂が「猿楽町一丁目と小川町との間を下る坂」と書いてありますが、現在の坂道は神田小川町3丁目の区画のなかにあり、小川町という地名も周辺には見つからないので古い地名だと思われます。

そんなわけで、この富士見坂、古地図にも坂名こそ書かれてませんが該当する道もあり、かつてこのあたりから富士山がみえたのかもしれませんが、今はごらんのようにみえるべくもありませんでした。

今回の住所
千代田区神田小川町三丁目




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