ゲームプログラマが語る 無料アプリのビジネスモデルと舞台裏

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デジタルコンテンツのあり方が急激な変化を見せる昨今。パッケージングされたゲームソフトや、CD、DVD等が店頭に並び、手に取り、購入し帰宅して楽しむという形はもはや過去のものとなりつつある。エンターテイメント系娯楽を彩るコンテンツ群の変貌や多様化、そして次々と生まれては消えていくその膨大な情報量を合理的に扱うためには、インターネットインフラに載せるというビジネスモデルの選択は避けられない。

ところが、元来パッケージング販売されていた商品の中身を単純にデジタル化し、そのままネット流通に載せたとしても、大半のケースにおいてこの手法は上手くいかない。三千円のCDアルバムを、同じ価格で中身だけダウンロードしたいと思う人は希であり、そういった一般消費者心理に照らし合わせれば、失敗するのは必然だ。
消費者がインターネット販売インフラに求めているものがあるとすれば、それは、その手軽さと、低価格の融合であると言えよう。既存のコンテンツを同じコストでネット流通に載せるというモデルは言わずもがな、多少の値引き程度では箸にも棒にもかからないのが昨今の通例だ。更なる値引きがコストに見合わず、制作費を削り、より簡易なコンテンツを多量に用意するという“引き算の理論”も、現代ではもはや通用しなくなってきていることは明らかであろう。

『Apple App Store』に並ぶiOS用アプリ群を見ていると、引き算の理論によりデフレーションの進んだ崩壊寸前マーケットだという印象を抱くかもしれない。確かに、あのマーケットにおける初動二年間ほどはそうした引き算が繰り返され、1ドル前後の格安アプリがあふれることとなった。
その印象は更に、各社ともここまでの低価格化を進め本当にやっていけるのだろうかという疑問へ育つだろう。しかし、この答えを求めるにあたって、コンテンツコストが1ドルに見合うのかという視点に立ってしまうと、本質を見失う。そのマーケットの巨大さを持ってすれば天秤(てんびん)としての釣り合いが取れるであろうという期待値が、深く深く押し込められているだけではないのだ。

変化を促されたビジネスモデルの代表例として、販売価格ではなく、アプリ内コンテンツ課金や広告における二次収益ルート強化に活路を見出すケースが増えてきた。これらのモデルにおいてはそもそも、分母となる利用者が多数存在しなければ大きく効果を上げることは望めないため、結果、引き算は限界を超え無料へ到達することになり、コンテンツのあり方を根底から覆している。一般に”フリーミアム”と呼ばれるビジネスモデルだ。

昨今、よくできたゲームや、使いやすいツールが無料で利用できるようになってきた背景にはこうした時代の変化や、人々の意識の進化が理由として存在している。より良くより安いものを厳選していた人々だけに留まらず、現代では、当たり前のようにあふれるたくさんの“良いもの”を自由に好きなだけ触れながら、その先に“気に入ったならば支払いをする”というフェイズが配置されている。もちろん、消費者にとって悪いことではなく、より自分に合ったより合理的な買い物を実現する洗練されたシステムであると言って良いだろう。

さて、筆者の様に娯楽系コンテンツ制作者側に立つ人間は、この時代へどのように接するべきであろうか?
まず、“楽しく、気持ちが高揚する地点”。ユーザーに訪れるこの瞬間を、できる限り前倒ししていくことを意識したい。これを”ゲームセンター理論”と勝手に命名するが、コンテンツにおける登頂地点、いわゆる“サビ”の部分を、ユーザーが手に触れてからの時間で考えた場合、かなり早い段階で魅せていくことが重要である。

ゲームソフトに例えた場合、それが家庭用ゲームであるならば、ユーザーとしてはせっかく購入したソフトをせめて数週間は楽しく遊びたいと思うのが常であろうし、制作者側もその要望に応えるべく内容の充実を図る。しかし、ゲームセンターに置かれるアーケードゲームならば、100円ワンプレイで味わえる最初の数分間にその楽しさが凝縮されていなければならない。
無料や低価格の娯楽系コンテンツにおいてはこの、“楽しさのスタートダッシュ”が重要だ。あふれるたくさんの良質な競合製品の中において、すばやくユーザーの心をつかむということは大きな武器である。“最初はつまらないかもしれませんが、長く遊んでもらえれば楽しさが分かりますよ”そのようなスタンスでは、ユーザーの心に留まることは難しい。

インターネットにおける簡易なコミュニケーションが盛んな昨今、足の速いアプリを体験したユーザーは更にユーザーを呼ぶ。幸せの連鎖反応がマーケティングの背中を押してくれるのだ。
反面、アプリ起動後の早い段階でユーザーを失うようなコンテンツ作りをしてしまってはならない理由としてまず第一に、この段階で去ったユーザーは二度と帰ってはこないという点が挙げられる。更に、レビュー等において厳しいおしかりを受ける可能性も高く、それを見た新規のユーザーにブレーキをかけることになってしまうだろう。

すべからく面白いものを作るべきだと切り捨てることは簡単であるし、至極もっともであるが、そのモデルやユーザーの需要、制作者のコストやこだわりにマッチしたものづくりを志すべきであるし、そうした工夫の中にこそ、時代が認める新しいコンテンツの生まれる土壌が存在しているのであろう。

ユーザー、そして制作者側の人間も双方ともにアンテナを伸ばし、需要とこだわりを察知していくことが、日々を楽しく過ごしていくとことへ結ばれているように思う。
また何かアプリを遊んでみる時には、制作者の“こんな風に楽しんでもらおう”という意図を探してみるのも、面白いかもしれませんよ。

画像:アップル iTunesストアより
http://www.apple.com/jp/iphone/apps-for-iphone/


※この記事はガジェ通ウェブライターの「Team Dyquem (ディケム)」が執筆しました。あなたもウェブライターになって一緒に執筆しませんか?
本業はPS3やXBox360等の次世代機ゲームプログラマと文筆業に勤しみながら、趣味のiPhoneアプリ作成に心酔しているアラフォー、TeamDyquemで御座います。Teamとは言っても独り開発。カタッ苦しい事は抜きの心和むアプリを提供させて頂きながら、SFと技術情報を日々綴ります。