主人公の心の動きをストレートに表現する“日本的ハードボイルド”に初挑戦した矢作氏

写真拡大

■ハードボイルドを一度ぐらい書いておきたかったんです。昔の日活アクション映画の原作になるような小説をね

 高級外車を狙う窃盗団を捜査する刑事の前で、女はティファニーのショウウインドーに銃を打ち込んだ。10億のダイヤを素通りして10万のイヤリングを盗んだ女は何者か。その姿が脳裏から離れない主人公は、警察組織を離れてひとり女を追う――。

 ハードボイルドとは、しっかりゆでられて固まった「固ゆで卵」のこと。卵の黄身のようにドロドロうじうじした心内描写を廃し、物を通して人物の内面を描く手法だ。しかし、ハードボイルドは日本で独特の仕方で発展してきたと矢作俊彦氏は言う。

 そんな“日本的ハードボイルド”に、デビュー40年を目前に初挑戦したのが本書『エンジン/ENGINE』だ。

――では、矢作氏の考えるハードボイルドとは?

 ハードボイルドの創始者は、ヘミングウェイということになっています。彼の作品で、『心が二つある大きな川』という短編がある。主人公は戦争から戻ってきて、故郷の川で釣り糸を垂れながら、小さな頃のことやかつてセックスした女を思い出すのだけど、途中、釣った魚の様子を細かく描きます。鱗がどんなふうに光っているか、どうやって針を抜き、手の中でどのように弱っていくか。

 これは、戦争で命の奪い合いをしてきた主人公が、平明な精神状態に戻っていないことを示しています。魚の客観描写で、戦場から戻った彼とアメリカ社会との距離を描いている。

 ハードボイルドとは、こんなふうに心内描写をせずに物や登場人物の行動を通して内面を描く文体のことです。でも日本ではそうとらえられていない。「おれ」の心の動きをストレートに書いてしまう。

――そんな日本的ハードボイルドの文体は初めてだと。では今回、主人公をどのような人格に設定しようとしましたか?

 人はいつも“地獄の蓋”の上で暮らしていると僕は思っているんです。大きな自然災害があるとはっきりとわかりますが、どんなに強固に見える現実も、ちょっとした出来事で覆る。そんな地獄の蓋が開いて中をのぞくと、その人は非日常を生きるようになるわけです。今回の主人公も、同僚の死と謎の女に遭遇して、そんな“蓋”の中に触れてしまった。だから、自分の命を顧慮せずに行動し続ける。

 普段、そんな非日常は隠れています。思うに、それがあらわになるのが祭りでしょう。盆踊りがいい例だけど、祭りとは死者のダンス。この世とあの世がつながって、この世の決まりごとがなくなります。だから、祭りの夜はおおぴらにセックスが行なわれた。

 博多の男は、なぜあんなに危険な山笠に参加するのかといえば、そんな姿をカッコいいと思う女がいるからです。股を濡らす女が祭りを支えている。だから男が命懸けになる。セックスと死は結びついています。

――だから今回、女に狂わされて主人公は行動するのですか。

 それが王道でしょう。ジャンル小説としてのハードボイルドを一度ぐらい書いておきたかったんです。昔の日活アクション映画の原作になるような小説を。ぼくのデビュー作(『マイク・ハマーへ伝言』)は世間からハードボイルドといわれてますが、あれは“青春小説”で、いわゆるハードボイルドは初めての試みです。

 だから、ぜひ多くの人に手に取ってもらいたいですね。

●矢作俊彦(やはぎ・としひこ)
1950年生まれ。『ららら科學の子』で三島由紀夫賞を受賞


【関連記事】
『就活地獄の真相』著者が語る、日本の就活システムの問題点
ベストセラー連発の僧侶・小池龍之介が初めて明かす苦悩に満ちた半生
元・共同通信記者による異色の“超常現象”体験談集
万引きGメンが見逃さない、万引き犯特有の“バリ挙動”とは?
30億のパーソナルデータ「ゲノム」情報のメリットとリスク