【宙にあこがれて】第11回 宇宙飛行士の放射線被曝
JAXAの宇宙飛行士、古川聡さんが国際宇宙ステーションでの長期滞在を開始して2ヶ月が経過しました。
日本の実験棟「きぼう」にグッドデザイン賞のシールを貼付したり(きぼうは2010年度グッドデザイン賞を受賞しています)、きぼうに設置されている親子式ロボットアームの動作確認をしたり、様々な実験を行うなど多忙な日々を送っている古川さんですが、今回の「宙にあこがれて」は、そんな古川さんはじめ、宇宙飛行士が日々さらされている放射線についてのお話です。福島第一原発の事故で「放射線」とか「シーベルト(Sv)」などといった言葉や単位が、急にメジャーになった感がありますね。本来、我々は核兵器や原発事故などによる核反応生成物以外にも、自然界に存在する放射性鉱物やラドンなどのガスから、そして宇宙から降りそそぐ放射線に被曝しています。地球上では平均して2.4ミリシーベルト(以下mSv)ほど被曝していると推計されているのは、さんざん報道されたのでご存知でしょう。

このうち、特に宇宙から降りそそぐ放射線のことを「宇宙線」と呼んでいます。主に銀河系の中心部や太陽からやってきているもので、太陽をはじめとする恒星というのは、いわば炉心がむき出しの原子炉(核融合炉)ですから、核融合反応によって飛び出した放射線がダイレクトに宇宙空間を飛び交っている……といっていいでしょう。ただし、そのほとんどは地磁気や大気によって遮られ、地表にはごくわずかしか到達しません。

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これは「スパークチェンバ(放電箱)」という、宇宙線を視覚的に観察することのできる装置。1950年代後半に大阪大学で開発され、現在高エネルギー物理学の実験施設などでは、最もポピュラーな装置のひとつです。簡単に構造を説明すると、ヘリウムガスを満たした箱の中に電極の層(写真でシマシマに見えるもの)を重ねておき、そこを陽子(プロトン)やアルファ線など、宇宙線の中で多くを占める電荷を帯びた粒子(荷電粒子)が突き抜けると放電現象を起こして発光し、その軌跡がネオンサインのように光って見える……というしろもの。この写真のスパークチェンバは、これら宇宙からの粒子が人体などを簡単に突き抜けていく(正確には、あまりに粒子が小さいので、人体などを構成する分子の「すき間」をすり抜けている)のが判るように、手を突っ込む空洞が作られています。ただ、放電の際に「バチッ!」という盛大な音をたてるので、手を突っ込んでいても音にビックリして、反射的に手を引っ込めてしまうのですが。

さて地磁気や大気によって、ほとんどが遮られている宇宙からの放射線ですが、宇宙空間となるとそうはいきません。地表から約400kmの上空にある国際宇宙ステーションは、地磁気の影響下にある地球の「磁気圏」に存在してはいますが、大気圏外なので大気で遮られている宇宙線については、ほぼダイレクトに、そして高度が高い(地球という磁石から離れている)ので、地上に較べると地磁気で遮られる分も少なくなっており、地上より格段に強い放射線にさらされています。

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筑波宇宙センターにある、国際宇宙ステーションのモジュール「セントリフュージ」。世界で唯一、ここにしかない「国際宇宙ステーションの実物」です(通常は非公開)。宇宙飛行士の山崎直子さんがJAXAの技術者時代、開発に参加していたモジュールで、コロンビア空中分解事故の影響で宇宙ステーション建設計画が変更されてしまい、打ち上げが見送られたもの。おかげで、実際の宇宙ステーションがどういう感じで作られているのか、実際に見ることができます。

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基本的な材質はアルミ合金(合金の構成比率は明らかにされていません)。内側に遮蔽材も設置されているそうですが、それでも外板の厚みは数mmほど。あまり厚く丈夫にしてしまうと、内部が狭くなって実験設備などを置くスペースが小さくなりますし、何より重くなって打ち上げに支障をきたすことになります。難しいですね。

では、そんな宇宙ステーション内部に居住する宇宙飛行士の被曝量はどれくらいかというと、平均して1日あたり1mSv。2日あまりで地球上での年間自然被曝量に並んでしまいます。古川さんのように半年間滞在すると180mSvを超え、事故前における原発作業員の被曝制限量(累積100mSv)を遥かに超える被曝量です。もちろん、原発と宇宙線では同じ「放射線」とはいえ、中味が少々違います(原発など核分裂による放射線の場合、非常に有害な中性子線が含まれるが、核融合がもとになっている宇宙線には含まれない。DNAを傷つけるので有害なガンマ線は共通して含まれる)から同列に扱う訳にはいかないのですが、被曝量を抑えなくてはいけない点については同様です。

そこで、宇宙飛行士は任務期間中、このような線量計を装着しています。

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これは「PADLES」と呼ばれる携帯型被曝線量計。JAXA宇宙飛行士の土井隆雄さん、星出彰彦さんが実際に使用したものです。

宇宙線の被曝が人体にどれだけの影響を与えるかについてですが、実際のところ、まだよく判っていません。NASAでは1960年代のアポロ計画から宇宙線被曝について研究してきましたが、なにしろ宇宙飛行の期間が短かったことと、宇宙飛行士の人数が少ない為にサンプル数が足りないこと、そして人類が宇宙飛行を始めてまだ50年しか経っていないこともあって、統計的な追跡調査がまだまだ困難なのです。サンプル数が少ないものですから、人種によって受ける影響が異なるかどうかも、まだ研究途上です。特に今までの宇宙飛行士は欧米人が中心でしたから、アジア人やアフリカ人のサンプルは圧倒的に足りません。

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これは、いずれもロシアのソユーズで宇宙に行った宇宙飛行士、マレーシアのシュコアさんと韓国のイ・ソヨンさんが装着した線量計。こうしてJAXAは日本人だけでなく、各国の宇宙飛行士にも協力してもらい、多くのデータを集めています。これ以外にも、もっと長期にわたる宇宙線被曝のデータを集める為、マネキンのような人形(人体ファントム)内部に同じ線量計を装着し、内臓に対する継続的な被曝量を測定する「マトリョーシカ実験」、同じタイプの人形を宇宙ステーションの外に放置し、宇宙飛行士の船外活動における被曝量の評価を行う実験も行っています。

また、太陽活動が活発な時期に入ると、その分宇宙線の量が増えますから、そうなった場合飛行士達は、比較的壁が厚いロシアのモジュール(宇宙における人間の長期滞在で、最も豊富な経験を持つのは旧ソ連であり、それを継承したロシアです)に避難して、活動が収まるまで待機することになっています。

JAXAでは、これまで収集したデータをもとに、宇宙飛行士に対し生涯における被曝線量の上限値を設けています。これは宇宙へ初めて行った年齢(飛行開始年齢)と性別によって区分されており、飛行開始年齢が若いほど上限値が厳しく、また男性より女性の方が厳しくなっています。詳しくは以下の表をご覧ください。
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これとは別に、1回あたりの長期滞在の期間についても、無重量状態が人体に与える影響と宇宙線被曝を考慮して、原則6ヶ月以内という制限も設けられています。国際宇宙ステーションの長期滞在が、最長でも6ヶ月となっているのはこの規定によるものです。

現在NASAでは、有人火星探査計画が検討されていますが、実は課題が山積しているのです。火星までの往復は、最短でも3年ほどかかります。当然、現在の「宇宙滞在は6ヶ月以内」という制限にひっかかりますし、なにより地球の磁気圏を離れた場合、どれだけの宇宙線に被曝するのか、実際に計測したデータが無い(計算で推測値までは出せる)為に全く判りません。もちろん食料や水、酸素(どうしても100%再利用できず減ってしまう)という問題もあります。

宇宙線の問題についてはJAXAの技術者と話したことがあるのですが、宇宙船に磁場を発生させることで遮蔽することができないだろうか……という考え方もあるようです。ただ、どれくらいの磁力を発生させればいいのか、そして磁場の発生源にいる飛行士の身体に影響は無いのか、という課題もあります。無人探査機を送り込むのとは違い、人体がどういう影響を受けるのか判らないことだらけなので、火星への有人探査はかなり先のことになりそうです。

余談ですが、現在国際宇宙ステーションでは、映像記録用にデジタル一眼レフカメラ(ニコンD3SとD3X)とビデオカメラが搭載されています。いちいち地上に持って帰り、現像する必要があるフィルムカメラと違い、インターネットを通じて撮影した画像をすぐに送れる、という点で非常に便利なのですが、実はデジカメになったことで宇宙線の影響を大きく受けるようになりました。

先述したように、宇宙線の多くは陽子やアルファ線など、電荷を帯びた「荷電粒子」と呼ばれるものが占めています。これが電子回路に当たると、その部分がショートしてしまうのです。宇宙用のコンピュータが、最新のパソコンより低い性能に抑えられているのはその為ですし、宇宙ステーションで使われているパソコンも、宇宙線の影響が少なくなるように作られています。デジカメの撮像素子(CCDやCMOS)も同様で、長期間使っていると宇宙線が当たった箇所が画素欠けを起こし、撮影画像にノイズ(写らない部分)が出てきてしまいます。この為、定期的にカメラを交換する必要が生じ、結果的にフィルムカメラより多くのカメラが必要になっているそうです。

見えないだけに気をつけなければいけない放射線。宇宙飛行士も過酷な環境で日々任務に取り組んでいるのです。


【文・写真:咲村 珠樹】
某ゲーム誌の編集を振り出しに、業界の片隅で活動する落ちこぼれライター。
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