史上最多の通算1045勝に場所前の時点であと1勝と迫っていた大関魁皇(38)が名古屋場所5日目、ついに千代の富士を抜いて単独トップに立った。
 タイ記録になった4日目、記録を塗り替えた5日目と、魁皇が勝った瞬間、NHKはニュース速報で報じ、共催の中日新聞も号外を出すなど、まるでお祭り騒ぎ。
 「これはそんなにすごい記録だったのか」と改めて驚いたファンも多かったに違いないが、それにしても王手をかけながらの初日から3日間、目を覆いたくなるような惨敗ぶりはあまりにもお粗末過ぎた。

 まったく相手の動きについていけず、まさしく手も足も出ない完敗。特にひどかったのは3日目の関脇鶴竜戦で、左ののど輪で突き起こされると、まるで朽木が倒れるように左ひざから不様に崩れ落ち「だいじょうぶですか」と勝った鶴竜に心配そうに覗きこまれる一幕もあった。
 「あれが魁皇のいまの実力ですよ。本人も、自伝の中で言っているように、本来なら5年前の平成18年春場所、6日目を終えて2勝4敗と黒星が先行し、師匠の友綱親方(元関脇魁輝)に『どうだ、やっぱりダメか』と打診されたときにスッパリと引退すべきでした。それを『まだやれる』と晩節を汚して延ばしに延ばし、その中から飛び出したのがこの記録。最近は記録更新がなによりの目標になっていました。平幕ならそれもいいんですけど、魁皇はもう一つ上の、横綱を目指さなければいけない大関ですからねえ。大関の地位に甘え、自己満足のために作った記録で、果たしてこれでいいのか、という思いはあります」(大相撲担当記者)

 本人も心の中に、じくじたるものを抱いていたのは確か。待望の記録達成直後も笑顔ひとつ見せず、
 「余力を残して辞められた九重親方(元横綱千代の富士)と違って、こっちは必死こいてやっとたどり着いた記録。比べるのも失礼だし、申し訳ない」
 と話し、祝福するために花道の奥で待っていた九重親方から一瞬、逃げようともした。
 「この魁皇フィーバー、そう長くは続かない。それを裏付けるように、魁皇が新記録を達成した同じ日、魁皇の持ちモノで元起利錦に貸していた年寄株『浅香山』が返却され、空き株になった。いよいよ引退準備が始まった」(協会関係者)

 なるほど、これでは素直に拍手は送れない。