コンドームのある風景(その2:新製品開発へのあくなき探究心)

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 戦後日本の経済復興を成し遂げたのは、その背後に「コンドームによる家族計画(人口抑制)の普及」が存在していたことが定説となっていますが、その一翼を担ったのが、コンドームメーカー各社の新製品開発へのあくなき探究心でした。 コンドームの素材は、明治時代の生ゴム製にはじまって、1930年代には生ゴムの乳液から合成したラテックス製となり、技術革新が進みました。「ラテックス」の名を冠したコンドームメーカーの不二ラテックス(株)は、この頃の創業です。


 その後、コンドーム業界では、薄さへの開発競争が加速します。1969年、岡本理研ゴム(株)から、従来のコンドームの厚みの約半分の0.03mmの「スキンレススキン」が発売され、その約30年後の1998年、相模ゴム工業(株)から、『指紋が感じられるほど薄い』厚さ0.02mmの「サガミオリジナル」が発売され、日本は、世界 で最も薄いコンドームを生産できる国となりました。


 また、形状に関する技術革新も進みました。脱落を防止してフィット感を高める「緊縮絞り」や「つぶ状凸起付き」などの製品が開発されました。
 不二ラテックス(株)の本社ビルの屋上には、巨大ネオン塔がありますが、赤瀬川原平さんの「路上観察学入門」(ちくま文庫)によると、この巨大オブジェは、『胴部三段緊縮絞り』のコンドームを模したものだそうです。本物のコンドームの形状(=男性のシンボルの形状?)よりは、かなり抽象化されていますが、コンドー ムに対する愛着心や新製品開発へのあくなき探究心が感じられ、痛く感動的です。
 このオブジェの「緊縮絞り」部分にはネオン管が配置され、夜になると煌々と光り輝く仕組みになっているのですが、節電のためか最近はネオンが輝く姿をみることはできません。


 不二ラテックス(株)の創業者の岡本忠大さんは、精巧なヌード姿の蝋人形を作るのが趣味で、由美かおる、マリリンモンロー、八代亜紀などがあって、性器やヘアまでそっくり(?)にできていました。岡本さんは、興に乗るとこれらの人形を並べて酒を飲んだ粋人でしたが、1983年4月、肝臓ガンで亡くなりました(元気マガジン1983年8月号)。
 新製品開発のみならず、女性への愛着心や探究心も並々ならぬものであったことがうかがえる話です。





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