YouTubeで600万回再生、世界が感動した実話

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 2006年9月、動画共有サイト「YouTube」に1本の動画がアップロードされた。
 バックミュージックに「キリストは生きている」が流れるなか、とある親子が協力し合い、アイアンマンレース(トライアスロン)で泳ぎ、自転車をこぎ、走り抜けてゆく。
 この動画は瞬く間に話題となり、世界中で600万回以上も再生されることになる。

 どうして?
 簡潔に言えば、困難に立ち向かう親子の姿に人々が心を打たれたからであろう。

 「Yes , You Can.」(やればできるさ)という言葉が私たち親子のモットーだ――そう語るのは、その動画で車いすを押しながら、年相応の白髪まじりの頭をなびかせていたディック・ホイト氏だ。
 ディック氏は、息子のリック氏と「チーム・ホイト」として、マラソン大会やトライアスロンレースなど1000以上のレースに挑戦してきた。しかし普通、マラソンは一人で走るもの。どうしてこの親子は「チーム」を組んでいるのか?
 それは、リック氏が幼少期に脳性麻痺と診断され、身体の動きに一生問題が残るという運命を課せられてしまったからである。

 『ホイト親子、夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.』(ディック・ホイト/著、大沢章子/訳、主婦の友社/刊)はディック氏自身が、長男のリック氏の誕生から、子育て、就学、レースへの挑戦など、立ちはだかる様々な壁を「Yes , You Can.」の精神で打ち破ってきた物語をつづったノンフィクションだ。

◆息子からお願いされたマラソンレースの出場
 脳性麻痺のため身体の一部は動かなかったが、リック氏はスポーツが大好きな少年であった。10歳の頃にはサッカーのキャンプに参加。言葉はしゃべれないが、ユーモアセンスがあったという。
 そんなリック氏が、父親であるディックに「車いすを押してレースに出て欲しい」とお願いしてきたのは、リック氏が15歳、ディック氏が37歳のときであった。
 きっかけは、四肢麻痺となってしまったアスリートのためのチャリティレースである。ディック氏はリック氏から一緒にレースに出て欲しいと言われたとき、こんな風に感じたと記している。

 やろう、とわたしはすぐに息子に約束した。マラソンに出場してその青年を助けよう。リックならその青年の気持ちがわかるはずだった。思うように動かない身体に閉じ込められている誰かを、わが家同様、重い医療負担を強いられている一家を助けよう。(p117より)

 しかし、車いすを押して走るのは簡単なことではない。
 メタボ体型のおやじと、障害のある息子は、よろめきながら走った。そして、レースを完走した。ビリではなかった。

◆「やればできるさ」で壁を乗り越えていく
 このマラソンレースへの参加は、一家を大きく変えた。
 最初はレースの主催者側が車いすの障害者を拒絶する空気もあったという。「チーム・ホイト」が一際大切にしており、これまで27回にわたり参加してきたマラソンレース「ボストンマラソン」も最初はモグリでの参加、つまり正式なランナーとして認められていない状態で参加していたのだ。
 また、そんなホイト親子の姿を見て、「障害のある息子さんをなぜ引きずり回すのか」と問いただす人もいたという。しかし、ディック氏はこう言う。

 その人たちが理解していなかったのは、むしろ息子のほうがわたしをレースに引きずり出しているのだ、ということだった。走りたがっているのはリックのほうだった。(p142より)

 自分たちがワクワクすること、楽しむことを思い切ってやる。それが、その人の人生を大きく好転させることになる。『ホイト親子、夢と勇気の実話 やればできるさ Yes,You Can.』で描かれたこの親子の姿を見ていると、そんな風に思えてくるのではないだろうか。

 リック氏はその後、脳性麻痺という障害がありながらボストン大学に進学し、優秀な成績で卒業。現在は障害者用の補助器具の開発に携わっているそうである。もちろん走るのをやめたりはしていない。
 「やればできるさ」。少し人生に疲れてしまった人は、この親子の姿からそんなメッセージを受け取って欲しい。
(新刊JP編集部/金井元貴)



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