どてらを着たイラストでお馴染みの『モーニング』編集長の島田英二郎さん。積極的に新人の発掘を心がけ、青年マンガのジャンルで漫画界をリードする島田編集長は、どんな本を読んで育ち、今はどんな本を読んでいるのでしょうか?

兄の本を"背伸び"して読んでいた少年時代


――少年時代は、どんな本を読まれていましたか?
 私は3人兄弟で、5歳上の兄がものすごい読書家でした。だから兄の後をずっと追いかけて、兄の本棚にあるものをとにかく読んでいました。子どもの頃は、本は自分で買うよりも、兄貴のものを読んでいた記憶があります。

 私が小学生だった1970年代はSF小説が流行っていたので、眉村卓さんや筒井康隆さん、小松左京さんなどのSF作品は結構読んだと思います。今考えれば、そうそうたるメンバー。福島正実さんの『地底怪生物マントラ』や、井上ひさしさんの『ブンとフン』といった朝日ソノラマシリーズや、『ドンとこい、死神』なんかも懐かしいですね。その辺りの子ども向けSFから入って、三島由紀夫や大江健三郎、丸山健二なんかを手に取ったりしました。兄が背伸びしたものを読んでいたので、今考えると、私もずいぶん背伸びしたものを読んでいたような気がします。読んでもわからないようなものを手にとっていました。

 そういう経験からしてみると、今の子どもたちって不思議と "背伸び"しないですよね。私の上の子どもは中学生ですが、中学生の頃なんていかに背伸びするかという年頃じゃないですか? でも、今どきの子どもは小説もそうだし音楽もそうだけど、「わからないものをわかったふりして威張る」という感覚がほとんどない気がします。身近で流行っていて、今の日本人の周りにあるものだけにしか触れないというか。

――何が原因なんでしょうね?
 安直だけど、大人を信用できないのかもしれません。大人は自分たちより偉くて、先を行っていて、かっこいいと思うから年上の兄弟の真似をするのであって、でも最近の子どもたちは、そこにまったく眩しさを感じていません。それって寂しいですよね。近頃は、上の世代が下の世代に何事も押し付けなくなったのが理由かもしれません。お酒を飲む人が減ったのもそのような理由からのような気がします。それこそ、お酒が飲めるようになるのって背伸びだったし。

――マンガは子どもの頃から読んでいたのでしょうか?
 私が子どもの頃って、マンガは今と違ってあまり歓迎されたメディアではありませんでした。親からすれば、基本的にはマンガは買ってはいけないもの。ゆえに、立ち読みとか友達の家で読んでいましたね。だからこそ逆に、マンガに対する渇望感がすごくありました。雑誌はわりと立ち読みできたんだけど、コミックスを立ち読みできる本屋さんは少なかった。町の本屋さんに入って単行本を立ち読みしたら、それこそハタキで追い出されましたからね。

 その時に比べれば、今の子どもたちは「マンガ禁止」とは言われないので羨ましいというか、夢のような状況だと思います。私たちが子どもの頃は、マンガオタクはいませんでしたから。マンガはオタクのように読むものではなくて、禁止されながら広く浅く接して読むものでした。でも、広く浅く接する人が何千万人もいる中から、高い読解力と深い愛情をもったコアなユーザーが生まれてくる。だからマンガは面白いのであって、そのようなユーザーが生まれる前提としてはやはり、広く浅く、薄く愛されることがすごく重要だと思っています。『モーニング』の場合も、単行本だけでなく雑誌をたくさん売りたいというのはそこに尽きますね。

男がフィクションを読まなくなっている


――大人になるまでに読んだ本で、強烈に印象に残っている本はありますか?
 高校生の時に読んだ、矢沢永吉の『成りあがり』ですね。私の世代だとかなりの人が読んでいると思います。高校の図書室で読んだけど、ある意味すごい衝撃でした。それからアントニオ猪木の『燃える闘魂』も、若者のアドレナリンをかなり刺激した本。こういう質問の時って、ドストエフスキーとか三島由紀夫の本を普通は答えるのかもしれないけど、結局は"背伸び"だからどこまで本当に影響を受けたかなんてわからない。人ってもっとダイレクトに簡単に入ってきたものに影響を受けていますよね。

 もちろん高尚なものによって形づくられるものもありますが、人ってわりとポップなものに影響されるもの。その時代に生まれて、大衆にたくさん消費されるものが一番心に届くにきまっています。若い時は特にです。そういう意味では『成りあがり』もそうだし、『燃える闘魂』も、マンガだってそうなんです。

 今、男の人がフィクションを読まなくなっています。小説にしてもマンガにしても、一番いいお客さんは女性なんですね。今の男性はすぐに役立つものを欲しがっている。結局エンタテイメントもインフォメーションも大きくいうと情報。その情報を得るときに、男はそれを利用価値のあるものから優先するようになりました。一種の武器ですから。武器として情報を手に取りたいと考えると、フィクションよりノンフィクションの方が圧倒的に早く武器になる。

 そうなると、今のようにツイッターやブログ、新聞と一日のうちにいろんなものを見なければいけない時代は、効率のいい情報の吸収しかしなくなるんですね。新書がたくさん売れるのはそういうこと。新書は読むけども、小説やマンガを読み、映画を見ることに時間を費やさなくなる。するとどうなるかというと、「自分はどんな人間でいたいか」という人間性の部分を追求しなくなっていく。人間性というと、仰々しくなってしまうのですが、人がかっこつける根源みたいなものがなくなっていく。

 人間の倫理観とかそういうものって、実は『成りあがり』や『燃える闘魂』みたいな本を読んで、「永ちゃんはこんな時にくじけないなんだ」とか、「猪木はこういう時でもギブアップしないんだ」っていうレベルのことが影響していたりするもの。「自分はどうしてここで頑張れるのかな」と心の中を探っていくと、そこらへんがベースだったりするもんです、無意識のうちに。だから、フィクションを吸収しなくなると、人間の強さと面白さが失われてしまうような気がします。そういう意味でも、フィクションにまず大人の男が帰ってこないと、どんどん面白くない世の中になってしまうんじゃないのかな。

 マンガがたくさん売れるのは、私にとって商売でもあるので重要なことですが、それと小説が売れるようになったり、映画をもう一度大人が見に行ったりするようになることは全部つながっています。ジャンルは問わず、「物語からモノを吸収することは重要じゃないの?」ということはすごく思いますね。

世に新人を送り出すことがマンガ誌の責務


――講談社に入社後、最初に配属になったのが『週刊現代』。その約2年後に『モーニング』編集部に異動されました。マンガの編集者になったときは、どんなお気持ちでした?
 毎日仕事するのに精いっぱいだったので、自分がこの部署に向いているのかいないのかなんて考える余裕もありませんでした。ただ、マンガの編集者といわれても、想像がつかない部分があったので「できるのかな?」という気持ちはあったと思います。

――編集者になってからは、仕事として本を読むことも増えたのではないでしょうか?
そうですね。仕事のからみで、意外な本をたくさん読まないといけなくなることが増えましたね。突然裁判の話を読んでみたり、三国志という名のつく本を全部読んだり。ある日突然、プロレスの本を読まないといけなくなるとか。そういう意味では、この仕事はいつどんな本に出会うかわからないですね。

 最近、仕事と関係なく読んだ本は、文春新書の『天才 勝新太郎』。これはすごくおもしろかった。小説だったら、カナダのSF作家のロバート・J・ソウヤーのネアンデルタール・パララックス三部作。ソウヤーは、『フラッシュフォワード』の原作者です。それから、山田太一さんの『空也上人がいた』ですね。山田太一さんはすごく好きな作家で、その山田さんの本が数年ぶりに出たというので手に取りました。あと、まあおきまりですが電子書籍に関する本を結構読みます。「グーグル」や「アマゾン」に関係する本とか、孫さんの「光の道革命」についての本とか。時事的には、放射能や原発に関する本が手元にありますね。それから、朝日新聞に足かけ29年ほど連載されていた大岡信さんの『折々のうた』。短歌から俳句、現代詩までいろんな詩が書いてあり、読んだりしています。いろんな本を斜め読みに近いかもしれませんが、読んでいます。

――山田太一さんがお好きなんですね?
学生の頃から好きでしたね。山田さんのシナリオをよく読んでいました。山田さん脚本のテレビドラマを見て、おもしろいドラマだなぁと感じていたので。

 今だとマンガを作る時に取材するのは当たり前で、取材をまったくしないでできるマンガってほとんどないんですね。でも、面白いもので十数年前って、そんなこともなかったんです。

 その中にあって、山田太一さんのシナリオを読むと常に取材していた。しかも、かなり綿密に取材していて、看護婦さんの話を書くといったら、現役の看護婦さんにたくさん会ってインタビューをする。田舎の過疎の村の話を書くといったら、実際に過疎の村に出かけていって若者からお年寄まで話を聞く。そんな山田さんの手法が新鮮だったんですね。フィクション作るのだけど、情報を得るだけではなくもっと本質的な部分を取材しながら、物語を組み上げていく。現実から何かを吸い取ってフィクションを作っていくという感覚は、その当時のマンガには意外とありませんでした。だから、いろいろなことを取材しながらそれをマンガに反映させていくというやり方ってないのかなぁと結構昔から思っていたんです。今だとそんなの当たり前になりましたが、ちょっと前まではそうではなかったんですね。

 こういう創作論に実は興味があって、シナリオ術のような本は商売柄、面白いと思いますね。ノーベル文学賞のガルシア=マルケスも、本国ではテレビのシナリオも書いているみたいで、「テレビのシナリオの書き方」のような俗っぽいけど、含蓄のある本を書いていたりして、そういう本も読んだりしますね。  

――最近の『モーニング』は、なぜだか元気になった気がします。例えば、ブリーフパンツがプリントされた「ブリーフケース」や、マンガ作中のキャラクターの架空のファンクラブ公式バックを読者にプレゼントしたり、マンガの登場人物のコスプレ衣装をプレゼントしたりと、次から次にキャンペーンを打ち出されています。そのへんのことと、さきほどの創作論に興味があるということは何か関係があるのでしょうか?
 いや、すごく単純なことで、単行本に集約されないコンテンツが欲しいという発想から、いろいろやっているだけです。マンガは後で単行本という形でまとめて読むことができるので、雑誌で読んだときにだけあるものが欲しいなと。そこのプライオリティがないと、雑誌を毎週毎週買ってもらう動機付けが出てきづらいじゃないですか。今のところまだまだ試行錯誤で、いい意味で手当たり次第にやっているような状況です。

 ものを作るのは試行錯誤ですから、やりながらお客さんに喜んでもらえるものが出てきて、編集部側も「これ面白い」というものが出てきていろんなことを試しながら、最終的に定まっていけばいいのかなと。それこそ最近、猫にサッカーのユニフォームを着せて、「GIANT KILLING」のワンシーンを再現する「ニャイアントキリング」というものをやったのですが、これはツイッター上でかなり盛り上がりましたね。また、ウェブサイト経由で読者からもかなりのコメントが寄せられました。

 編集部内の会議でいろいろとアイデアを出していると、特に若手の編集者が「あれやったら面白い」「こういうのやれたら面白い」とどんどん企画を作ってくるので、今は「それはダメ」と言うほうが大変ですね。

――これから先、どんなことを企画していきたいとお考えですか?
 やはり、新人マンガ家をデビューさせることに意義がある気がしていて、薄く広く、読者がたくさんいるところから深い愛情を持つヘビーユーザーが出てくるという話を先ほどしましたけど、まずは、作家がたくさん出てこないとダメですよね。だから、作家になりたい人をたくさん集めて、その人たちにデビューしてもらうということが、どの雑誌にも均等に与えられている義務なんでしょうね、本当のことをいうと。そういう意味では、新人を呼ぶための企画を考えたいと思っています。

 編集長になる前の1997年から年2回、新人賞の「MANGA OPEN」でチーフをすることになったのですが、応募資格を「なんでもあり」にしたらものすごい反響があったんですね。マンガだけでなく、原作でもいいし、フィギュアもありだし、映像もありだと。そしたら予想をはるかに上回る応募があったんです。これにどう反応するのが正しいリアクションなのかと考えて、応募のあった約300本すべての講評をウェブサイトにアップしました。これは、ウェブだからできた企画ですが、なかなか面白かったと思っています。300本の作品をぜんぶ読むのは大変でしたけど。

 何が言いたいかというと、マンガ誌にとっての仕事として、新人を出すことが仕事の中の半分ぐらいのウエイトを占めているべきだと思うんです。それをしていかないと、先に面白いものが生まれてくる可能性が低くなりますし。

 『モーニング』は、キャリアの長い人がたくさん書いていますから、そこに新人が入っていくのはかなり大変なことだとは思うんだけど、そこに力を注がないとマンガの将来は明るくないかなと。

――島田編集長が読者のことや若い才能に対して、どのように考えているのかよくわかりました。最後に『モーニング』として今後、キャンペーンやイベント等をやる予定がありましたら教えてください。
 去年の年末に、単行本ではなくて雑誌『モーニング』の本誌フェアというものを初めてやりました。全国の書店さんに協力していただいて、『モーニング』をプッシュしてもらうという企画なのですが、3回目の本誌フェアを7月末から行います。2回目のときは、連載全作品のあらすじが一目でわかる特製小冊子と、『GIANT KILLING』や『宇宙兄弟』のオリジナルクリアしおりを配布したのですが、これが好評だったので、3回目もなにか喜んでもらえるような特典を用意したいと考えています。


<プロフィール>
島田英二郎(しまだえいじろう)
1966年浅草生まれ。1990年講談社入社。1992年よりモーニング編集部在籍。2006年モーニング増刊の月刊誌「モーニング・ツー」の編集長に就任。『聖☆おにいさん』は、創刊時からの連載作品。2010年より現職。もっぱら漫画家を目指す新人にむけてのツイッター(@asashima1)が人気。







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