岡本太郎の遺した “ベラボーなもの”

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 大阪・千里丘陵にそびえ立つ異形のもの―”太陽の塔”と呼ばれるその巨像。
 それは、1970年に開催された万国博(大阪万博)のモニュメントとして制作されたものであり、芸術家・岡本太郎氏の代表作品である事を知る人は多いだろう。

 では、その有名な塔が、かつて万国博のメインパビリオンであるテーマ館の一部として機能し、どのような経緯でまた、どのような意味を持って作られたものであるかを知る人はどのくらいいるのだろうか。

 『岡本太郎と太陽の塔』(平野暁臣/著、小学館クリエイティブ/刊)は、塔の誕生に至るまでの経緯やそれに込められた意味を追うのはもちろんのこと、設計図、ラフスケッチ、加えて会期中の塔の内部空間の写真など視覚的要素を多く取り入れた“太陽の塔”解説書である。

 高度経済成長期のまっ只中にあった当時の日本において、先進国への仲間入りを裏付ける万国博の成功は絶対であった。
 成功して当然、失敗すれば多大な責任を負う事は免れないという、国家の威信を懸けた一大プロジェクト。大きなリスクしか見えないような重圧の下で、岡本太郎はテーマ・プロデューサーを引き受ける決意をする。
 そして、彼がいちばんにしたことは万国博の統一テーマである「人類の進歩と調和」を真っ向から否定することであった。彼は、科学の進歩と膨大な生産力が、人間的、そして精神的な前進を意味しているか、ということについて疑問を呈したのだ。
 かくして、本来のテーマにアンチテーゼを突きつける意味を持ったパビリオンとシンボルが会場の中心に誕生する事になる。

 会場のメインパビリオンであるテーマ館は、一日何十万もの人が出入りする通路だ。
 多くの人を一つの建物に集中させながらも 流れを滞らせないよう、また、自身の世界観を表現すべく、太郎は 人々の動線を地下(過去)→空中(未来)→そして地上(現在)へと設計し、さらに、観客が地下展示(過去)から大屋根への空中展示(未来)へと移動する過程である塔の内部にも展示を施した。
 そう、太陽の塔は展示施設を内蔵するシンボルなのである。塔内展示には「生命のエネルギー」というテーマが設けられ、生命の進化形態が1つの大きな樹によって表現されている。
 <生命の樹>と呼ばれる高さ50mにもわたる大樹は、赤・青・黄・緑・オレンジと原色に彩られた幹枝を伸ばし、原生動物から人類の誕生までの約300体の生物をその母体に携えている。大樹を取り巻く塔内部の壁は真っ赤な鱗状であり、塔そのものが生物であるような生々しさを感じずにはいられない。観客はエスカレーターに乗って、未来に向かいながら生命の進化を辿っていく。
 2003年までは不定期でありながら公開されていたこれらの展示物も、現在は残念ながら見る事ができない。

 万国博といえば、昨年開催された上海万博が記憶に新しいが、著者である平野氏は本書の中で、上海万博の主催組織の人々に専門家として非公式に招かれた際に、彼らに言われた言葉を綴っている。

 「21世紀の万博が何かを遺すとしたら、ああいうものがカッコいいのではないか。」(本書P.106「ハンパクの巨像」より)

 大阪万博において、未来を象徴した建物は撤去され、人間の根源を掲げたきわめて原始的な神像だけが今もそこに鎮座しているということ。さらにその“べらぼーな神像”が、21世紀の万国博の担い手たちにもインパクトを与えうる存在であるという事実に、岡本太郎という人物の偉大さを改めて考えさせられる。

 今年は岡本太郎の生誕100周年にあたる記念すべき年だ。この解説書で彼の代表作である「太陽の塔」に関する知識に触れ、芸術とは何かを考えるのも良いかもしれない。
(ライター/胡桃沢梅子)


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