オーストラリア英語の魅力

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英語のアクセントやなまりにフェティシズムを見出す日本人は果たしてどれぐらいいるのだろう? 決してメジャーな嗜好(しこう)ではないのは目に見えているが、だからといって心当たりのある人も決して皆無ではないだろう。英語に限らず、言語の魅力というのはその音、響きに凝縮されている。フランス語の優雅さやドイツ語の格調高さ、ラテン系言語の情感の豊かさなど、言語はその国、その地域の文化を真っ先に象徴するものであり、それに惹(ひ)かれて語学を志す人も多い。かくいう私も、そうした世界の言語に魅了され、特に英語における数々の特徴あるなまりに過剰なフェティシズムを見出す人間の一人である。

今回紹介したいのは、英語の中でもその特異さがあまりにも有名な“オーストラリア英語(Aussie English)”。激しく癖のある独特な発音は、英語を習得している人間でも理解するのが難しい。オーストラリアで作られた映画が北米などでは(同じ英語圏にもかかわらず)字幕付きで放映されたりする。実際それはうなずけた話で、同じ英語といえども全く異質の存在と言えるのは一目瞭然。オーストラリアの知識人は、他の英語圏の人と会話するとき、自国の発音ではなくアメリカ英語やイギリス英語の発音に合わせて会話することも多い。

このようにオーストラリア英語は、一見するとオーストラリアに親しみのある人以外は強烈すぎて近づき難い印象があるかもしれない。しかし、よくよくその発音に耳を傾けてみると、そこにはオーストラリアが独自に育んできた言語世界の魅力を知ることができるのだ。

オーストラリア英語の根底にあるのは、オーストラリアの歴史そのものである。大英帝国の植民地として、イギリス全土から最初に移民がやってきたのが18世紀末。赤道付近の孤立した大陸であることもあり、入植者のほとんどが貧しい労働者や流罪の囚人などで占められたという。オーストラリア英語の特徴として、よく挙げられるのがそうしたイギリスのコックニーと呼ばれるブルーカラーの人々のなまり。しかし、オーストラリア英語形成にもう一つの大きな影響を与えたのは、大英帝国の植民地化によって上陸した軍人や学者、医師など高官の身の回りの世話をしていた付き添いの少年たちの存在だ。彼らはまだ幼い年頃の子が多く、言葉の語彙に富んだわけでもないし、まして正規の教育を受ける身分でもなかった。後にオーストラリアに土着化していく彼ら子どもたちの、正しい文法にとらわれない自由な言葉遣いが、オーストラリア英語形成の土台の一つにもなったのだ。

以後、大英帝国の一員(コロニー)として発展を遂げていくに連れ、オーストラリアは早い段階から“オーストラリア人”としてのアイデンティティを形成するようになった。先にも述べたように、オーストラリアはヨーロッパからかけ離れた、周辺地域とも孤立した大陸である。そうした地政的影響が、オーストラリア人の団結力をいち早く高めた。オーストラリア英語は、オーストラリア内部での発音の差異が比較的少ないと言われる。地図を見れば分かるように、オーストラリアは巨大な大陸であって、人が住めない地域も多いが、東部のシドニー、メルボルンと西端の都市パースでは、果てしない距離がある。そんな中、ほとんど発音の変化がなく、統一したオーストラリア英語が維持されたのは、それだけ“オーストラリア人”としてアイデンティティが当初より強固にあったからだろう(アメリカも似たことが言えるが、文化の幅はアメリカの方が多様だと思う)。

実際の発音を聞いてみよう。あまり知られていないようだが、オーストラリア英語は標準的な英語と、アルファベットの発音からして全く違う。完全に違う発音をするのは「A, E, I, O, U」。もちろん普通は「エイ、イー、アイ、オー、ユー」だが、オーストラリアではそれぞれ「アイ、エイ、オイ、アウ、ユウ」である。特にA。「G’day(グッダイ)」「Today(トゥダイ)」などで知られる、オージーの最も強烈ななまりである。Lady, Page, Stage, Nation, Nature, Education(ライディ、パイジ、スタイジ、ナイション、ナイチャー、エジュカイション!)と、単語のAはみな「アイ」の発音になる。

挨拶はどうだろう。「Hello guys! How are you doing!」。最も基本的な英語の挨拶だが、オージーはこうである。「G’day mate How ya going」。発音も、いかにも外国語らしく陽気に「グッダーイ!」と発音するのは正確ではない。平たんに、やや沈みがちに、口を動かさずモゴモゴつぶやくのが正解である。そう、オーストラリア英語の最も大事なポイントは、抑揚や起伏のない、ややうつむき加減のフラットな発音をする点である。

これは、良く考えてみると日本語に似てはいないだろうか? 日本語はあまり抑揚のない言語だと言われる。口を激しく動かす必要がないので、欧米で英語を勉強するときにはまず発音の仕方がネックになりやすい。しかしオーストラリア英語はその心配がない。日本語を話す口の動作と同じ感覚で、発音の仕方さえ押さえれば(なんとなく)しゃべれてしまうのである。

言語がその国のアイデンティティを象徴するのは、先にも述べたように言うまでもない。日本は島国として独自の、内向的とも言える文化を形成してきた。オーストラリアも共通する。孤立した大陸であり、かつ囚人の流罪地としてイギリスなどかつての欧米列強諸国から差別され、さげすまされてきた歴史がある(アカデミー賞を受賞した映画『英国王のスピーチ』の登場人物ライオネル・ローグを思い出してみると良い)。そうした環境と歴史が、オーストラリア英語の内向的でうつむき加減な発音にも当然反映されているのだ。

英語が苦手な日本人は今も多い。私はその要因のひとつに、英語を話すことイコール自己を積極的にアピールして力強く振舞わなければいけない、というアメリカ的な価値観の踏襲があると思う。つまりは英語=アメリカニズムとして無意識に受容されているのではないだろうか。日本人は言うまでもなく自我をあからさまに強調することが苦手だし、不向きだし、その必要もない文化で生きている。しかし、英語を学ぶということは、決してアメリカニズムを体現することではないのだ。こうして述べてきたオーストラリア英語、あるいはニュージーランドやカナダ、アイルランドそしてイギリスまで見渡してみれば、英語という言語がそうした一面的な存在でないことがはっきり分かってくる。

外国語は当然、世界との窓口となり得る。その中で英語という国際的言語の話者が先進国の中でも一貫して少ない日本は、このグローバル社会の中でいつまでも閉鎖的でいるべきなのだろうか。私は日本人も英語文化を積極的に知ることで、英語=アメリカニズムという幻想を打ち捨てることが必要だと思う。オーストラリア英語は、そうした意味で英語文化の幅広さを知る大きな一因になるし、日本との文化や価値の親近性なども見えてきて、英語という言語世界の魅力へ興味が湧いてくるはずである。

ちなみにオーストラリア英語を知るきっかけとして、こちらの映像が大変秀逸なのでお薦めしたい。

『YouTube』http://www.youtube.com/watch?v=fOnx21oL9zo

※この記事はガジェ通ウェブライターの「遠藤 富泰」が執筆しました。
平成2年生まれ。カナダ留学を経て現在都内の大学生。クラシック音楽、ももいろクローバーZ、仏教思想の三位一体を目指します。クラシック・スナイパー第6号「特集マニア大戦争」に「ヲタは細部に宿る」を寄稿。

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