子を持つ親が引いた「被曝リスク」という謎めいたカード
大震災の日から、早くも4ヶ月が経過しようとしている。1年の3分の1、長い時間だ。それにも関わらず、筆者の心は夜中の「ふくいちライブカメラ」に映し出される光景のごとく、日々もくもくの白煙に翳んでいる。何故か? 極個人的な見解なれど、一度率直なところを記しておきたい。

筆者の生息地は原発から250キロ圏内、心持ち北寄りの首都圏である。震災時小学2年と年少、それと0歳の子どもがいる。3.11の地震自体は震度5強。揺れはしたが、免震マンションのお陰で書斎に積み上げた文庫本タワーも崩れない程度の被災で済んだ。水もガスも電気も止まることはなかった。

だから本当の「災害」は、あの計画停電開始の後にやって来たというのが偽らざる実感である。日々不確定な計画停電に生活の全てを揺さぶられながら、日々小出しにされる原発の放射能問題に翻弄され続けた。加えて頻繁にあった余震のために、まさに四六時中目が回っていたのを思い出す。

あの頃、尽きたコメや紙オムツを求め、赤子を背負って街を彷徨い歩いた記憶は新しいようでいて、既に遠い。しかし、後にその上空を放射性ヨウ素や放射性セシウム、その他の何かいろいろ……が飛び、そして降り落ちていたことを知る。その約1週間後、降り続いた雨水にもそれらは多く含まれていた。

いま自治体発表の空間放射線量は、ほぼ横ばいの0.05μSv/h。「測ってガイガー!」に投稿されるごく近所の数値を見ると、だいたい自治体モニタリング数値の倍出ているものの、辛うじて住まいのエリアはホットスポットではない(らしい)。

スーパーには関東圏産の野菜が並んでいるが、売れ残っている気配はない。学校給食で使われている野菜その他の出自は特に公開されていない。給食は学校でも保育園でも普段通り、水筒も持たせていない。屋外での運動、水泳もさせている。子どもたちの体操服は週末、泥にまみれている。

給食には多分「安全」な食材が使用されているのだろう。でもその言葉通り信用しているわけではない。家庭ではいまだミネラル・ウォーターを飲み、コメすら水道水では研がない。食材はなるべく西のものを選んで買う。北関東の実家から送られてくる野菜は父親だけが食べる。

自治体がやっと校庭の線量を測るらしいが、結果はまだ出ていない。でもおよその数値は既に知っている。家の近所や屋内の数値も。でも0.09μSv/hという素人計測値の意味を、正確に判断するための知識を自分が持っていないことも、また知っている。

いまだ雨が降れば、直近の浄水場から放射性セシウム134が検出されることもある今日。梅雨ゆえ、小雨程度は濡れて歩こうという普段通りの光景を横目に、「置き傘忘れた!」と濡れて帰って来る小学生は帰宅後即シャワーに放り込む。熱中症になるより水道水をがぶがぶ飲むほうがマシだと思うが、子の報告を聞いては胃が痛む。

「首都圏も危険!」……警鐘が鳴らされているのは知っている。「子どもを護って!」という声も、聞こえている。「逃げて!」……でも、疎開の予定もない。仕事を失い、家を失うことによる貧困リスクの方が、直ちに影響がある。要は、そういう選択による。

おそらく、今までもずっと「そうだった」はずなのだ。各々の持てる情報、知識、人脈、体力、財力、そういったカードが複雑に作用し合うなかで、人はある選択をして(させられて)きた。そこに予期せぬ「被曝リスク」という謎めいたカードが差し挟まれた。だから今あるもので、今ある手持ちのカードで、最も正しく最も賢い選択が可能なのであれば、ただ、そうすればいいだけのことなのだろう。

ふくいちは今夜もモクっているが、こちらはそろそろ中長期的な「選択の方向性」くらいスカッと決めたいところである。けれども筆者は手持ちのカードからその「答え」を、まだクリアカットに導き出すことができないでいる。こういうのは安全厨? 危険厨? さしずめ「判断保留厨」とでも・・・。

ふくいちライブカメラ
測ってガイガー!