布団は「しく」もの? それとも「ひく」もの?

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皆さんは「布団を敷く」と言うとき、「シク」と言いますか? 「ヒク」と言っていますか? 敷くという漢字を読めば「シク」のはずですが、「ヒク」という言い方もよく耳にします。「ヒク」は間違いなのでしょうか。それとも方言? 方言や日本語を専門に研究している園田学園女子大学教授の黒崎良昭先生にお話を伺いました。

【関西では、「ヒチヤ」が当たり前】
「敷くという漢字の読み通り、正しくは『シク』です。『ヒク』は『シク』が訛ったもので、関西を中心に普及している方言と言えます」と、黒崎先生。

関西人もしくは関西出身の人なら思い当たる節があると思いますが、関西人の多くは、たとえば質屋を「ヒチヤ」、七月を「ヒチガツ」、七五三を「ヒチゴサン」というように、s音をh音に発音します。大阪では街の質屋さんが「ヒチヤ」と書かれた看板を掲げていることも、珍しい光景ではないのだそうです。

こうした傾向は、かなり古くから見られるもので、国語学者・前田勇の著書『大阪弁』によれば、「七をヒチというのは、近畿地方並びにそれ以西のならわしで、18世紀の半ばごろから普及したもの」だと言います。

【昭和30年代の資料では、東西で分布が二分】
全国の方言の分布を一望できる『日本言語地図』( http://www6.ninjal.ac.jp/laj_map/04/01/ )という資料には、昭和30年代に、全国の60歳以上の男性を対象に「七月」を何と言うか聞き、その分布を地図上に表したものがあります。少し古い調査ですが、一つの参考にはなるでしょう。

この地図を見ると、東北や北関東など東日本では主に「シチガツ」が、近畿、東海、関西、中国地方と、四国や九州の大部分を含む西日本では「ヒチガツ」が使われていることが見て取れます。

ただし、西日本でも、島根、高知、大分などの一部の地域では、「シチガツ」が普及しているなど、例外も。「柳田國男は、京都・大阪など文化の中心地のことばが地方へ同心円状に伝播していくという『方言周圏論』を唱えていますが、この理論に従うと、交通が不便だった辺境の地へは、京都・大阪で流行したこの言い方が伝わらなかったとも考えられますね」(黒崎先生)。

【方言のはずの「ヒク」が共通語化!?】
『日本言語地図』の調査が行われた昭和30年代には、「七月」の言い方と同様に、「シク」と「ヒク」も、東西で大まかに分布が分かれていたのではないかと考えられます。しかし、最近では、その地域差にも変化が生じていると言います。

「たとえば、2009年に行われたアンケート調査では、関西だけでなく、共通語圏である東京や神奈川でも『ヒク』が優勢になるなど、都道府県別にかなりバラバラな結果が出ています。集めたデータ数が少ないため、この結果がすべてとは言えませんが、現在では、『シク』が東、『ヒク』が西というように、地域別分布を明解に切り分けることは難しくなっているようです」(同)

たしかに、筆者の周囲の人にも聞いてみたところ、西日本出身でも「シク」と言う人もいれば、ずっと関東に住んでいても「ヒク」と言う人もいる様子。このように、現代において全国で「シク」と「ヒク」が入り混じる背景には、さまざまな要因が考えられるそうです。

「一つには、マスメディアの影響で、地方の人の話す言葉が共通語化していることがあります。また、江戸っ子は従来、関西人とは逆にh音をs音に発音しがちなのですが、その訛りを気にするあまり、本来はシが正しいのにヒと発音してしまう『直し過ぎ現象』というのもあります」(同)

「シク」か「ヒク」か。たった一つの音の違いでも、探ってみると、さまざまな発見と日本語のおもしろさ、奥深さが見えてくる気がします。時代の流れや人間の生活の変化とともに、言葉も変わっていくものなのですね。10年後、20年後、あるいは50年後には、「シク」と「ヒク」のどちらがポピュラーな言い方になっているのでしょうか。

文●本居佳菜子(エフスタイル)

黒崎良昭先生プロフィール:
園田学園女子大学 人間教育学部 児童教育学科教授。「日本語学」、「方言学」を専攻し、日本語のコミュニケーションの諸相などを研究。『全国お国ことば辞典』(三省堂)など方言に関係した書籍にも多数関わっている。


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