コンドームのある風景(その1:戦後日本の人口問題・性病問題変遷史)

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 国敗れて人口あり..。昭和20年(1945年)に敗戦を迎えた日本は、間もなく深刻な人口問題に直面しました。海外からの引揚者や復員兵らが人口に加わり、さらに彼らの結婚などによる出産率の急上昇により、人口が急増したためです。旧植民地が無くなり国土は4割減となったうえ、経済は壊滅状態でした(荻野美穂: 「家族計画」への道)。
 それでも日本が奇跡的な復興を成し遂げたのは、政府の「家族計画(人口抑制)」の推進のおかげで、その一翼を担ったのが岡本理研ゴム(株)をはじめとするコンドームメーカー各社でした。岡本理研ゴム(株)は、「文化生活は家族計画から」、「家族計画には効率の高いコンドームをお使い下さい。」などの製品キャッチコ ピーを掲載し、コンドームを普及させました。
 当時、コンドームを薬局で買うのは若干の羞恥心を伴ったことから、昭和44年、路上にコンドーム自販機がお目見えしました。現在でも住宅地などで、「明るい家族計画」とキャッチコピーが書かれたコンドーム自販機を見かけることがあるのはその時代の名残と言えます。
 昭和62年(1987年)、日本の風俗産業は、「エイズで明け、エイズで暮れた」1年でしたが、このとき注目を集めたのがコンドームでした。戦時中、日本軍の慰安所で性病予防のために「突撃一番」という商品名の軍隊用コンドームが使用されましたが、約40年後に再び性病問題対策としてコンドームの利用が重要視され、「スト ップエイズ!」と書かれた自販機も設置されました。


 1990年代に入ると、都内の繁華街にコンドーム専門店がオープンし、コンドームは、これまでの日陰の世界から陽の当たる世界へと導かれました。明るくポップな雰囲気で、「コンドーム」と聞いたときに感じる暗さはここにはまったくありません。
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 店内には、ガングロ女子高生にバカ売れした蛍光コンドームなど、カラフルでさまざまな形状の商品が品揃えされていて、若者が楽しくコンドームを選ぶのはごく日常的な光景となっています。このように豊かな社会となった今日、「家族計画」を推進した半世紀前とは逆に、日本は深刻な人口減少(少子化)問題に直面し ています。
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