早川書房のジョルジュ・シムノンを多数訳した秘田余四郎は、翻訳よりもフランス映画を中心とする字幕翻訳者として名を馳せた人物である。映画の冒頭に字幕翻訳者の名前を大きくクレジットとして出すようになったのは、1954(昭和29)年に公開された『青い麦』(クロード・オータン=ララ監督)が嚆矢なのだという。戦前から上司として秘田を重用した東和映画株式会社(旧・東和商事合資会社)の川喜多かしこが、秘田による字幕の出来に感心し、そのように指示したのである。
 上のエピソードは、高三啓輔(高は異体字)の『字幕の名工 秘田余四郎とフランス映画』(白水社)に紹介されていたものである。秘田の評伝としては初のものであり、同時に戦前から昭和三十年代前半の映画文化黄金期を字幕という観点から見た貴重な通史にもなっている。秘田の上司である川喜多長政社長は、戦時中は中国で占領地の人民慰撫工作のために設立された中華電影の筆頭を務めた。同様の映画会社は三つ作られたが、中華電影に匹敵する力を持っていたのが甘粕正彦理事長の率いる満州映画協会(満映)である。高三の記述に従えば、甘粕の方針が「異民族に見せても喜ばれる映画をなんとか研究、工夫して、日本人の手で作って提供する」ことだったのに対し、川喜多は「中国の映画人たちに映画を作ってもらう」ことだったという。川喜多は若いころに留学したドイツでオペラ『マダム・バタフライ』を観て、誤認に満ちた異文化理解がいかに当の民族の心を傷つけるものか、身をもって知っていたのだ。秘田は、この川喜多の中国電影で敗戦の日まで働き続けた。
 秘田余四郎は筆名で、本名を姫田嘉男という。1908(明治41)年に徳島県一条村(現在の阿波市)で生まれ、彼が幼いころに家族が東京市牛込区榎町(現在の新宿区榎町)へと引っ越した。以降そこが、彼のふるさととなる。秘田はわずかな期間だが作家活動をしていたこともあり、代表作「おとしまへ(和解)」は新国劇で舞台化され、さらに東宝で映画化もされた。小説はいずれも香具師の世界を生き生きと描いたもので、これは東京外国語学校(今の東京外国語大学)を卒業した後に地元・牛込神楽坂で麻雀プロのような生活を送っていた時期があり、そのころに香具師たちと深い付き合いがあったことから学んだものらしい。秘田の妻となる武藤ゆきは、牛込を拠点としていた香具師集団、会津家一家三代目・武藤信次の長女なのである。なお、無頼生活時代に鍛えた麻雀の腕は、後に思わぬ場面で秘田を助けることになる。敗戦後、上海で帰国を待って無聊の日々を送っていた秘田は中国人会相手の麻雀で金を稼ぎ、それを自分と仲間たちの生活費に充てたのである。高三は「秘田が勝負に出かけるとき、仲間たちは切り火をたいて送り出したという」と書いている。
 秘田が欧州映画の輸入・配給を行う東和商事に入社したのは1936(昭和11)年のことだ。映画をまったく観ないのに「しょっちゅう見てます」と「真っ赤なイツワリ」を言っての入社だった。そこで入社8ヶ月目にフランス映画『罪と罰』(ピエール・シュナール監督)の字幕制作を手がけたことから、字幕翻訳者の道を歩むことになる。ただし、彼が社員として東和商事にいた期間は短かった。入社からわずか2年9ヶ月後の1938(昭和13)年11月、彼は川喜多長政によって解雇されてしまう。詳細な事情は不明だが、おそらくは酒がらみの不始末だろうと高三は推測している。秘田の会社員生活が「昼すぎに顔を出し、翻訳部が海上ビル地下室に分離していたのを幸い、体裁に台本だけを机上に拡げて、向かい酒のビールをあお」るようなものだったからだ。しかし秘田は解雇された翌日に、平気な顔をして(しかも着流しで)東和へ出社し、そのまま嘱託社員として居ついてしまう。よほどその腕を買われていたのだろう。無頼の生活は秘田に染み付いたもので、妻を娶って家族持ちとなった後も一向に改まることがなかった。作家の高見順と後に意気投合して終生の友になったのも、互いの中に自分に似たものを見出していたからだろう。そうした度胸の良い性格が字幕制作という仕事には利点として働いたのである。
 本書で紹介されている秘田の「訳文」を抜粋しておこう。映画『天井桟敷の人々』(マルセル・カルネ監督)からである。筆者がフランス語には詳しくないので原文は割愛するが、対比のために挙げるAは「キネマ旬報」昭和27年新年特別号に掲載された編集部によるほぼ直訳のもので、Bが秘田の文章だ。


A:
ラスネール 君は俺の云うことを真面目にとらないね......もし、俺が見栄坊だったら、君には骨の髄まで傷つけられることになるだろう。だが、俺には虚栄心はない。俺にあるものは傲慢さだけだ......俺には自信がある、絶対的な自信があるんだ......俺は、必要に迫られれば、こそ泥もやるし......気が向けば人殺しもやってのける人間だ......俺の辿る道ははっきりしているさ......その道は一直線......しかも俺は頭をあげて堂々と歩いて行くのだ......その頭が籠の中に落ちるまでは。

B:
ラスネール 俺をからかってるのか。虚栄心があれば傷つくが、俺には虚栄心はない。自尊心あるのみさ。俺は絶対に自分を信じている。盗みも殺しも辞さぬ俺の行く道は一筋。やがては飛ぶ首を真っ直ぐ立てて闊歩するのだ。



 この歯切れの良さ、そして畳み掛けるような言葉の圧力。香具師との交わりによって磨かれた言語感覚といわれるのも納得である。翻訳文化にまだ不定形の部分があった時期の、原初の力を見る思いがする。映画人だけではなく、翻訳文化に関心がある方にもぜひこの『字幕の名工』を読み、秘田という稀有な才能の持ち主について知ってもらいたい。

(杉江松恋)







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